自転車の二人乗りが示す親子の関係
Q:父親役のリリー・フランキーさんが鏡で自分の顔を見るシーンでは、得も言われぬ表情になっていて驚きました。どのようにしてあのショットを撮ったのでしょうか。
早川:手を洗って鏡を見るだけのシーンですが、深夜の病院だと水が出て排水溝に流れていく音がすごく恐ろしく聞こえるんです。自分が死に近くなっているのだと、ふと感じてしまうようなゾーンに入ってしまう。そんな瞬間。そういったことをリリーさんにお伝えしたかと思いますが、細かい表情の指示などは一切していません。
リリーさんが書かれた「東京タワー 〜オカンとボクと、時々、オトン〜」を20代の頃に読んで感銘を受けました。癌を患ったお母様を亡くされた体験も描かれていて、リリーさんは、人間の孤独や死への恐怖など、人生の哀感みたいなものをわかっていらっしゃる方だなと。ですから私から余計な説明をする必要はないだろうと感じていました。
『ルノワール』© 2025「RENOIR」製作委員会 / International Partners
Q:母親・詩子のブラウスが、光を透すショットが印象的でした。特にフキと自転車に二人乗りしている場面では、フキが母親の背中を触ることでそれがより際立っていました。
早川:あのシーンは、私がたまたま目撃した親子が元になっています。その親子は自転車で二人乗りをしていて、お母さんのブラウスが風で膨れているのを後ろにいる男の子が触っていました。それがすごく美しかった。それで映画のシーンとして取り入れました。フキと詩子は心理的距離がある状況で自転車に二人乗りしているわけですが、フキは母にしがみついておらずちょっと距離を保っている。ただ、ブラウスがフワっとしているのが綺麗だからつい触ってしまう。でも触られている詩子は全然気づいてない。それが2人の関係性を物語っている気がしたんです。
実際の撮影では、あの膨らみを出すのがなかなか難しくて、風でどれくらい服が膨らむかの実験を何度もやり、衣装部に服を作り直してもらったりもしました。それがいざ本番となると強風が吹いてしまい…、なかなかフワっとならず苦労しましたね。