「こんな映画もあるんだよ」という抵抗
Q:吉行淳之介さんの世界を制約なく自由に描いたように見えましたが、実際の映画作りはいかがでしたか。
荒井:小説の設定が大きなアパートの三階にある部屋って書いてあって、書斎の机から横を見ると窓外に小さな公園が見える。これが探してもなかなか無い。いわゆる公園らしい公園を見た目(主観)で撮りたかったんだけど、それは本当に無かったな。マンションは大体表側にベランダがあって、ベランダが無いと裏側になっちゃうんだよね。だけど公園ってあんまり裏には無い。それと60年代の建物なんてもう無いからね。だから、公園じゃなくて遊歩道にブランコを持って来てそれらしくしたんです。
Q:モノクロでR18の映画を撮ることのできる環境は日本では少ないと思います。
荒井:そうですよね。でもひょっとして時代遅れなのかなと思うね。俺がやっていることが時代とズレているの?って(笑)。若い頃に新宿文化で観たATGのモノクロ映画みたいな、アートポルノみたいな感じになればいいなと思っていたんだけど。今はそれを知らない人の方が多いじゃない。

『星と月は天の穴』©2025「星と月は天の穴」製作委員会
Q:荒井監督にとって今この時代に映画をつくることはどんな意味を持ちますか。
荒井:作れているのは有難いんだけど、なんだろうな…。お客さんに合わせるんじゃなくて「こんな映画もあるんだよ」と抵抗してやっていきたいというのはあるけどね。ただ客が入らないと勝負権が無くなるので(笑)。そこら辺が難しいよね。あの頃を知っている人が観て、なんとなく懐かしい感じがあったとかって言われるだけじゃ困るしね。
「どうして今これ?」みたいなことは多分言われると思うんだけどね。精神と肉体みたいなことって、今更なのかなと思うけれど、でも結局その問題ってずっとついて回るんじゃないのかな。愛があってセックスがあって、その順序が逆になったり、いろんなケースがあると思うけど。これはそれで悩んでいる小説家の話だからね。そんなものは今はバカバカしいと思われるのか…。
若い世代(の映画監督)も(性表現に)いかないよね。学生にシナリオを書かせても、そういうシーンは無い。それで「なんで無いんだ」とか「経験ないのか」とか言うと問題になるしね。ましてや女子に向かってそれをやると、「セクハラです」となる。
なんでだろうな…。外国は平気でそういうことをまだやるのに、日本はそういうシーン自体を嫌っているというか。昔は権力と表現の自由をめぐって、チャタレー裁判、サド裁判、黒い雪裁判、四畳半襖の裏張り裁判、日活ロマンポルノ裁判、愛のコリーダ裁判と、芸術かワイセツかと争ってきた。大島渚が「ワイセツなぜ悪い」と啖呵を切って、目からウロコだった。ロマンポルノ裁判の時に寺山修司が、映画の中でセックスして捕まるなら、映画の中で人を殺している高倉健や鶴田浩二をなぜ捕まえないのかと言った。それに尽きます。
※本記事の内容はインタビュー動画を元に一部追記しております。
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監督/脚本:荒井晴彦
1947年生まれ、東京都出身。季刊誌『映画芸術』編集・発行人。日本映画大学名誉教授。ピンク映画の助監督を経て、77年の『新宿乱れ街 いくまで待って』で脚本家デビュー。以降、『赫い髪の女』(79・神代辰巳監督)、『キャバレー日記』(82・根岸吉太郎監督)など数々の日活ロマンポルノの名作の脚本を執筆。日本を代表する脚本家として活躍し、『Wの悲劇』(84・澤井信一郎監督)、『リボルバー』(88・藤田敏八監督)、『ヴァイブレータ』(2003・廣木隆一監督)、『大鹿村騒動記』(11・阪本順治監督)、『共喰い』(13・青山真治監督)の5作品において、キネマ旬報脚本賞を受賞した。5回受賞は橋本忍と並ぶ最多受賞記録である。その他、脚本を手がけた作品に、『神様のくれた赤ん坊』(79・前田陽一監督)、『嗚呼!おんなたち 猥歌』(81・神代辰巳監督)、『遠雷』(81・根岸吉太郎監督)、『探偵物語』(83・根岸吉太郎監督)、『KT』(02・阪本順治監督)、『やわらかい生活』(06・廣木隆一監督)、『戦争と一人の女』(13・井上淳一監督)、『さよなら歌舞伎町』(15・廣木隆一監督)、『幼な子われらに生まれ』(17・三島有紀子監督)、『天上の花』(22・片嶋一貴監督)、『あちらにいる鬼』(22・廣木隆一監督)、企画・脚本(佐伯俊道・井上淳一共同)の『福田村事件』(23・森達也監督)など。脚本・監督を務めた作品には、新人監督に贈られる新藤兼人賞・金賞を受賞した『身も心も』(97)、第67回読売文学賞(戯曲・シナリオ賞)を受賞した『この国の空』(15)、第93回キネマ旬報ベスト・テン1位の『火口のふたり』(19)、日本映画プロフェッショナル大賞作品賞・監督賞を受賞した『花腐し』(23)がある。
取材・文: 香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
『星と月は天の穴』
全国公開中
配給:ハピネットファントム・スタジオ
©2025「星と月は天の穴」製作委員会