1. CINEMORE(シネモア)
  2. NEWS/特集
  3. 生と死、手作業をリスペクトしたギレルモ・デル・トロの『フランケンシュタイン』【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.70】
生と死、手作業をリスペクトしたギレルモ・デル・トロの『フランケンシュタイン』【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.70】

生と死、手作業をリスペクトしたギレルモ・デル・トロの『フランケンシュタイン』【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.70】

PAGES


Index


フランケンシュタインの優美な怪物



 『シェイプ・オブ・ウォーター』(17)で新しく、そして美しい「半魚人(ギルマン)」(『大アマゾンの半魚人』(54)とは直接関係ない作品ではあるがそのクリーチャーの遺伝子はしっかり受け継いでいる)を見せてくれたギレルモ・デル・トロが、今度は怪物の代名詞とも言うべき「フランケンシュタインの怪物」を描くというので、ずっと楽しみにしていた。インスピレーションを受けた作品ではなく、メアリー・シェリーのゴシック小説を原作に、はっきりと「フランケンシュタイン」そのものを映像化するというのだから、胸が踊らないはずはない。もちろんデル・トロのゴシック・ホラー趣味やモンスターへの造詣の深さはこれまでの作品、作風からも明白な上、彼の邸宅「荒涼館」に収蔵された膨大なコレクションの様子からも、異形への愛は見てとれる。特に、荒涼館を象徴する室内の写真によく見られる、巨大なボリス・カーロフ版怪物の頭部のオブジェ(等身大などではなく、とにかく異様に巨大な頭部であるのがポイント)からもフランケンシュタイン愛は半端ではないだろうなと想像できる。作品だけでなく、コレクションからも趣味や好みが感じられるというのは楽しい。


 作品はそんな期待や予感など軽々と越える素晴らしさだった。正直に言えば、「フランケンシュタイン」的な作品として直近にあった『哀れなるものたち』(23)のインパクトの大きさから、少し分が悪いのではないかとさえ思ったものだったが、そんな考えが恥ずかしくなるほど。『哀れなるものたち』はスコットランドの作家アラスター・グレイによる同名小説の映画化作品であり、19世紀のロンドン(原作ではグラスゴー)で入水自殺をはかった女性が、その胎内に宿していた胎児の脳を移植されて蘇るところから展開する物語だ。原作は19世紀ゴシック小説をリスペクトしたパロディ的な体裁をとり、映画版もやはりそれらを映画化した20世紀初頭のクラシック・ホラーの雰囲気で、新たなフランケンシュタイン映画とも言うべき作品となっている。『哀れなるものたち』は本当に19世紀だったらあり得ないであろう現代的な視点を取り入れた斬新さがあったが、本作もまた偉大なテーマに沿いながらも往年の映像化の参照は控えめに、原作を直接再解釈したかのような独自性を誇る一本となった。どちらも今日的フランケンシュタインだと思う。


 『シェイプ・オブ・ウォーター』のギルマンはとにかく優美なクリーチャーとして描かれたが、今回の怪物もまた不気味さや禍々しさよりも美しさやしなやかさが強調され、作られた存在としての強靭さも感じられる見た目となっている。やがて身につけていく知性も原作に忠実な特徴のひとつだ(この知性の獲得が、伝説的なユニバーサル版と原作との大きな違いでもある)。個人的に気に入っているのは際立った手足の長さだが、複数の死体のパーツを繋ぎ合わせて出来た体躯という感じがよく出ている。これはもう演じているジェイコブ・エロルディの197センチメートルの長身がなせるもので、デル・トロの盟友伊藤潤二による漫画版の怪物の風貌にもよく似ていると思う。


 本作の怪物の大きな特徴として、超人的な治癒能力がある。フランケンシュタインの怪物が強靭な肉体と怪力を備えている様は原作以来、映像化でも繰り返し描かれてきたが、そこに傷が瞬く間に治癒してしまう不死身性が加わることにより、不遇な怪物に苦悩が増すだけでなく、生命を造ろうとした創造者ヴィクター・フランケンシュタインと、死に憧れる怪物という対比も生まれ、全体を通して生と死両方への敬意が込められる形となった。怪物の材料として文字通り山のように死体が出てくるし、怪物のプロトタイプといったものも登場するが、それらもまた必要以上に美しく作られているように思えてならない。名も無き怪物が無数の死の中から命を得て生まれることを思えば、適切なアプローチに思える。




PAGES

この記事をシェア

メールマガジン登録
counter
  1. CINEMORE(シネモア)
  2. NEWS/特集
  3. 生と死、手作業をリスペクトしたギレルモ・デル・トロの『フランケンシュタイン』【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.70】