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未来は放送中、男は逃走中ー『バトルランナー』【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.72】

未来は放送中、男は逃走中ー『バトルランナー』【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.72】

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ストーカーたちの商品化されたボディ





 そんなベンと対照的なのが、番組内で彼を追う「ストーカー」たちだ。彼らもまたキリアンによって商品性を与えられ、奇抜な衣装とおもちゃのような武器でパッケージングされた存在である。かつては鍛え上げた本物のボディを誇ったはずの男たちも、いまや番組に演出された見せ物に過ぎない。「ランナー」として逃走しながらも、決して番組側の制御を受け入れず、番組のフレームを壊そうとさえするベンに対し、ストーカーたちは完全に番組の仕組みに組み込まれ、順番に消費されるだけの存在だ。


 番組パートは次々に送り込まれてくるストーカーたちとの対決の繰り返しによって進行する。それは追跡劇というより、それぞれ属性の異なるボスキャラクターと順番に対峙するゲームのようだし、ストーカーたちはその派手な外見と逞しい肉体も手伝って、どこかプロレスのヒールのようでもある。まさにテレビのショーを目一杯誇張したような形で、気づけばこちらも、観客や視聴者と同じ目で劇中番組のベンの闘いを眺めている。


 おもしろいもので、武器が派手で、体が大きいほど、むしろ負けそうな気がする。ここに登場するストーカーたちはその典型だ。おっかないのに絶対負けそうな造形というのも不思議だが、それはベンが必ず打ち破ってくれるだろうと思わせる外見でもある。主人公の窮地を予感する緊張よりも、主人公が必ず倒すだろうという期待をもたらしてくれるのが、ストーカーたちの魅力だろう。


 中盤で同時に送り込まれるバズソーとダイナモは象徴的だ。チェーンソーを振り回す前者と、電飾に包まれ電撃を放つ後者。どちらも出オチのような派手さで登場し、きっちり“相応しい最期”を与えられる。


 ストーカーたちはテレビ番組や産業のジャンルそのもののようでもある。アイスホッケー選手の姿をしたサブゼロはスポーツ、バズソーは工業、ダイナモはショービジネス。業を煮やしたキリアンが送り込むファイアボールは、さしずめ軍事の象徴だろう。


 最後に呼び出されるキャプテン・フリーダムは異質だ。伝説的なストーカーでありながら、すでに引退し、番組の顔として消費される側に回っている。彼は自らの身体で戦うことに固執するが、実際に手にしたのはスタントの顔をベンに合成して作った偽映像による勝利だけだ。


 ベンと直接対峙することすらできなかった様は、ストーカーの末路を示しているようにも見える。キリアンの誘いを受けてそちら側にまわっていれば、ベンもまたああなっていたのかもしれない。


 そのベンはと言えば、一貫して身ひとつで闘いに挑む。唯一誰も奪うことのできないその強靭なボディと持ち前の機転によって、恐ろしげなストーカーたちを次々撃退していく様子は、理屈抜きで爽快だし、テンポもいい。これがゲームだったら、敵を倒すたびに武器を奪い、装備が増え、少しずつ強くなっていくところだろう。だがそうならない。ベンが使うのはあくまでその場にあるものだけで、何かを獲得していくことはない。


 勝っても彼の身軽さは変わらない。最初から与えられているボディだけで押し切る姿にはパワーと潔さを感じる。彼が得るものがあるとすれば、それは時間だろう。ただ生き延びるのみである。日本語の感覚で「ランニングマン」と聞くと、どうしても走り続ける姿を思い浮かべてしまうが、英語としてはそこに「逃げ続ける」という意味も含まれているのだと、途中でふと気づく。




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