骨折した義父の世話をするため、東京に妻子を残し大分県にやってきた男。義父が営む写真館での仕事、犬の散歩、毎日の食事、妻子との動画メッセージのやり取り。描かれるのは、義父と男の2ヶ月にわたる日常だけ。しかしそこには、確実に“人生”が凝縮されていた。
本作が長編映画デビューとなる坂西未郁監督。何も起こらない日常をなぜこんなにも豊かな映画として映し出せるのか。初期衝動か、天性ゆえか。いずれにしても破格の映画監督が誕生したことは間違いない。
男=柄本佑と義父=イッセー尾形の邂逅も見事で、坂西監督が描こうとする世界を増幅させる。
スクリーンに描かれた日常、そして人生は、いかにして生み出されたのか。坂西未郁監督と柄本佑、両氏に話を伺った。
『メモリィズ』あらすじ
雄太(柄本佑)が九州の田舎町へとやって来たのは、足を骨折した義父・誠(イッセー尾形)が回復するまで身の回りの世話をするためだった。義父が営む昔ながらの写真館の仕事を手伝いながら、東京にいる妻・ゆき(穂志もえか)と娘・花との間で、スマホで撮った映像を交わす。大きな事件は何も起こらないが、日々の些細な出来事と、その記録と記憶の連なりに、家族の人生という長い時間の存在が、静かに、鮮やかに浮かび上がってくる──。
Index
記憶と記録
Q:タイトルも示していますが、「記憶にまつわる物語」を映画にした理由を教えてください。
坂西:この企画のスタートは、「九州のある市から予算が出て短編映画が撮れるかもしれない。何か企画はないか」と、大学の先輩に誘われたことでした。予算規模が小さかったこともあり、だったらスマートフォンの映像だけで何かできないかなと。そこで、「東京に単身赴任した男が九州に残った妻子とスマートフォンの映像を送り合う話」を思いついたんです。着想のきっかけは、スマートフォンの普及によって「記録する」という行為が身近になったことでした。フィルムカメラよりも手軽に撮れることで、なぜ撮っているのか分からないくらいに記録がどんどん溜まっていく。何とかそれを映画にできないかなと。

『メモリィズ』©2026LittleMore
その後、これを長編化するタイミングで出てきたのが、「記憶」というテーマです。僕の父は、坂西伊作というミュージックビデオの監督でした。小さい頃は父の現場に呼ばれて出演することもあり、映像が身近にある環境で育ってきました。そんな父は、僕が高校生の時に亡くなったんです。仕事好きであまり家にいない人だったこともあり、僕は「父の死」という事実を曖昧にし、父を「生きているか生きていないか分からないような人」として、これまで生きてきました。
映画を作るようになってからは、父が作った映像を見る機会が増えました。いざその映像に触れると、作品そのものの感想ではなく、父との日々の思い出や、生きているか生きていないかを明瞭にしなかった事実など、そういったものがすごい勢いで脳に浮かび上がってきた。記録したものを見て全く違うことを感じるという、言語化できない感覚がありました。その「記憶の不明瞭さ」と「記録したものを見るという行為」は、同時に映画にできるのではないか。それがこの映画の発端でした。