映画を通じて他者の視点を知ること
Q:名脚本家であるエリック・ロスがエグゼクティブ・プロデューサーとして名を連ねていますが、彼から何かアドバイスはありましたか。
ハーディ:彼との重要な話し合いは、ラミアとサイードの関係性についてでした。また、いくつかのシーンで、セリフのアプローチを変えるためのアドバイスをしてくれました。最終的にその特定のシーンを撮影することはなかったのですが、二人の背景をしっかりと構築し、それをセリフの中に自然に滲み出させるという 彼のアドバイスは非常に役立ちました。また、編集段階で最初のカットを観た彼はとても喜び、「インドの巨匠サタジット・レイを思わせる。静かで真実味がある。少し音楽を添えるといい」と短いメールで提案してくれました。
また、多くの人があれこれと意見を言いたがる中で、「脚本はすでに固まっているから私からアドバイスはしない。周りは監督を信頼し、脚本をいじり回すのをやめるべきだ」と言ってくれたのは彼だけでした。ある段階に達した脚本とは、まさにそう扱われるべきなのだと思います。

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Q:日本も80年ほど前は思想統制された社会でしたが、現在は平和です。しかし最近、かつてのような不穏な空気が復活しつつある気配もあり、人間とは、過去の過ちをすぐに忘れてしまう生き物なのかと危惧しています。そんな中、この映画を観て世界中に同じ思いを持つ人がいることに希望と安心を覚えました。
ハーディ:残念ながら右傾化や国粋主義者の台頭は世界中で見られます。イラクでさえ、「かつて強い男が国を統治していた」とサダム・フセインを美化してしまう新しい世代がいるそうです。だからこそ、当時の真実を思い出させるアートや映画の存在が重要なのです。私はこれまでいろいろな国を訪れてきましたが、ナショナリズムや過激思想が台頭する場所は、例外なく「単一の価値観」に支配されていました。人間は未知のものを恐れますが、映画を通じて他者の視点を知ることで、その恐怖は和らぎ、私たちが同じ人間として多くの経験を共有していることに気づくことが出来ます。あなたが今おっしゃったことは、まさにその証です。
アートの真の力は、対話を生み出すことです。文明には興亡がありますが、対話を通じて自己表現できる空間があれば、平和な時代をより長く保つことが出来るはずです。
今こそ、映画を贅沢品や単なる娯楽ではなく「社会の必需品」として捉えるべきです。歴史上の独裁政権は、反対意見や多様な視点を排除し、すべての人に同じ解釈を強要することで権力を維持してきました。映画や音楽などの芸術は、その均一化された状況を打ち破る力を持っています。だからこそ、映画製作者が撮影に使ったカメラやフィルムなどの技術的な話ばかりし始めると、私は少し悲しくなります。私たちの本当の仕事は、映画を限られた人のためのVIPクラブにすることではなく、誰もがアクセスできる開かれたものにし、人々の自己表現の場を創り出すことなのです。
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監督/脚本:ハサン・ハーディ
戦時下のイラク南部で育つ。長年にわたりジャーナリズム、映画製作の分野で活躍し、ニューヨーク大学の大学院映画プログラムで非常勤講師も務めた。これまでにゴッサム・マーシー・ブルーム・フェローシップ、ブラック・ファミリー・プロダクション賞、スローン財団プロダクション賞を受賞。2022年のサンダンス・ラボ・フェローであり、長編デビュー作『大統領のケーキ』で、2022年サンダンス・インスティテュート/NHK賞、SFFILMレイニン助成金、ドーハ映画協会助成金を獲得している。
取材・文: 香田史生
CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。
撮影:青木一成
『大統領のケーキ』
7月10日(金)新宿ピカデリーほか全国公開
配給:松竹
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