映画を通して分かち合えた悲しみや怒り
Q:ヒンドのお母さんや赤新月社の方々は、完成したこの映画を観られたのでしょうか。
ベン・ハニア:編集が終わった際、真っ先にこの映画を観てほしいと思っていました。赤新月社の方々へは、ラマッラーにある同社のオフィスで上映会を行いました。あそこには素晴らしい映画館が併設されているんです。皆で一緒に本作を鑑賞し、とても感動してくれました。
ヒンドのお母さんの場合は、少し事情が複雑でした。彼女は私に、「映画は観られない」と言ったんです。「あまりにも辛すぎて、耐えられない」と。インターネット上にはアップロードされたヒンドの声が溢れていますが、彼女はそれさえ聞くことができない状態でした。ただ、「もし私の感想が聞きたいなら、あるいは誰かに観せるなら、私の兄弟に観せてほしい」と。彼女はご兄弟と非常に親しく、深い信頼を寄せていました。そこで、彼女の兄弟に映画を観ていただきました。彼もまた映画に心を動かされていましたね。
ヒンドのお母さんは、今でも映画を観ることができません。これまで何度も一緒に上映会に立ち会ってきましたが、彼女自身は映画を観ないで、上映が終わった後に観客の皆さんと交流するという形をとっています。

『ヒンド・ラジャブの声』Ⓒ MIME FILMS - TANIT FILMS
Q:赤新月社の方々からはどんなお話がありましたか。
ベン・ハニア:映画館で一緒に鑑賞した後、彼らが発した最初の一言は「もう一度、観たい」でした。あまりに泣いてしまって、感情が激しく揺さぶられて直視できなかったようで、最後までしっかり観ることができなかったそうです。
その後、2025年11月に開催されたカタールのドーハ映画祭で彼らと再会しました。ヒンドのお母さんや赤新月社の方々、映画に出演した俳優たちも招待され、初めて全員が一堂に会する機会となりました。俳優と、モデルになった赤新月社の方々が一緒に行うインタビューがあったのですが、赤新月社の方々が「どうして私の癖が分かったんですか?」「私はこういうことをよくするんです」というような話を俳優たちにしていて、とても驚きました。彼らは俳優の演技の中に、自身の姿を強く見出していたのです。そのやり取りに感情を大きく動かされて…。本当に感動的な瞬間でした。
Q:映画が完成し、初めて観客の目に触れたときはどのようなお気持ちでしたか。
ベン・ハニア:ヴェネツィア国際映画祭が特に印象に残っています。あの上映は本当に凄まじいものでした。スタンディングオベーションが史上最長の23分も続いたのです。上映が終わる前、暗闇の中にいる時から既に会場全体が悲しみや怒り、様々な感情を分かち合っているような、深い一体感が感じられました。照明がつくと、人々は拍手を送り続け、あまりにも鳴り止まなかったので「いつまで続くのだろう」と思ったほどです。
パレスチナの旗を掲げて「フリー・パレスチナ」と叫ぶ人がいたり、会場外ではパレスチナのためのデモが行われたりしていました。ヴェネツィア国際映画祭での『ヒンド・ラジャブの声』プレミア上映は、その後も何度も話題になって、長く語り継がれる出来事となりました。私にとって、感情的に非常に大きな意味を持つ瞬間で、本当に特別な体験でした。