第82回ヴェネチア映画祭にて、史上最長となる23分間のスタンディングオベーション。銀獅子賞を含む8冠を達成し、アカデミー賞では国際長編映画賞にノミネートされた『ヒンド・ラジャブの声』。ブラッド・ピット、ホアキン・フェニックスなど、多くの映画人たちが監督の想いに賛同、本作のプロデューサーに名乗りを挙げている。
パレスチナ・ガザ地区で起こった事件を描いた本作では、人道支援組織「赤新月社」にかかってきた電話──6歳の少女・ヒンドが助けを求める実際の音声が使用されている。映画化に踏み切ったのは、フィクションとドキュメンタリーを行き交う表現を追求してきたカウテール・ベン・ハニア監督。少女の母親や、彼女を助けるために尽力した赤新月社の人々の思いを背負い、この映画を作り上げた。少女の死という絶望的な事実に向かう過程の中で、映画に残したかった希望とは。カウテール・ベン・ハニア監督に話を伺った。
『ヒンド・ラジャブの声』あらすじ
2024年1月29日。人道支援組織「赤新月社」のスタッフは緊急電話を受けた。パレスチナ・ガザ地区で6歳の少女が助けを求めている。スタッフたちは少女との通話を繋ぎ止めながら、救出するためにあらゆる手を尽くす……。少女の名前はヒンド・ラジャブ。
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彼女の声を称えるための映画
Q:この事件を映画化するにあたり、実際のヒンド・ラジャブの声を使用することに反対意見や監督自身の葛藤はあったのでしょうか。
ベン・ハニア:この映画は「誰かにダメだと言われてもやめない」と決めて取り組んだことでした。創作の過程で様々な考えを巡らせていた際、一瞬だけ、彼女の実際の声は使わずに子役を起用しようと考えたこともありました。たった2秒ほどの思いつきでしたが、それは最悪のアイデアでした。彼女の声を称えるための映画なのに、その声を排除して、代わりに子役を連れてきて苦しめるような真似をするなんて。論外でしたね。ヒンドの母親と話した際、「娘の声が響き渡るようにしてほしい」と言われたこともあり、彼女の声はこのプロジェクトの核となりました。

『ヒンド・ラジャブの声』Ⓒ MIME FILMS - TANIT FILMS
Q:少女の声の波形が画面に映され、視覚的に表現されていたことが印象的でした。声という核を視覚情報の伴う映画に翻訳するにあたり、意識されたことはありますか。
ベン・ハニア:本作は『ヒンド・ラジャブの声』というタイトル通り、彼女の声から始まった作品です。よって、その声を軸に構成を考える必要がありました。彼女の声を映画の背骨として据え、それ以外のすべては背骨を支えるものとして機能させました。映画の途中、映像を一切使わずに音だけを流したいシーンがあったのですが、映像作品である以上、視覚的な要素は不可欠です。そこで用いたのが、彼女の声の波形でした。赤新月社のシステムに実際に表示されていた、音の波形を取り入れました。その波形は、ヒンドの感情の高まりとともに次第に大きく波打つようになり、それに呼応する形で、赤新月社の人々の感情も次第に大きくなっていく。そして、その声が彼らの脳裏から離れなくなり、頭の中に強く響く声へと変わっていくのです。その様子を視覚的に表現するために、波形を画面いっぱいに映し出す手法をとりました。