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『八つ墓村』滝藤賢一 田治見要蔵はいかにして作られたのか【Actor's Interview Vol.52】

『八つ墓村』滝藤賢一 田治見要蔵はいかにして作られたのか【Actor's Interview Vol.52】

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加減をした芝居は見抜かれる



Q:要蔵を作り上げたスタッフのお話が出ましたが、今回の清水組の現場はいかがでしたか。


滝藤:素晴らしいチームでしたね。当たり前ですが罵声や怒声はなく、みんな穏やかでした。僕は夜中の撮影が多く、深夜撮影って正直キツいんです。夕方に段取りが始まって、暗くなるまで待ってから撮影がスタートする。でも清水監督は決断が早く、自分が欲しい画が撮れれば「もう他はいらない」というスタンスだったので、いつも予定より早く撮影が終わっていた気がします。そういった進め方は俳優としても助かります。「この画もあの画も」となると、疲弊して翌日にも影響しますから。チームを信頼している、とても良い現場でした。


Q:夜中の山中でのアクションは、体力的には相当追い込まれたのではないでしょうか。


滝藤:50歳で、あれだけ全力で走ることはなかなかないですから(笑)。しかも重い装備を身につけて、ふんどしと着物だけのほぼ裸状態でとにかく寒かったです。一番怖かったのは、怪我をして撮影にご迷惑をおかけすること。足場も良くなかったので、芝居やセリフ云々よりも、それが一番怖かったので徹底して気をつけていました。


鶴子を引っ張って走るシーンなどは、足場がとても悪くて、スネを何度もぶつけて、とてつもなく大きなタンコブができました。「俺の足、どうなっちゃうんだろう」と自分の足の歪な腫れ方に驚きましたが(笑)、無事に終えられてよかったです。でも、怪我を気にして加減をした芝居は絶対したくなかった。見ている方にはバレますから。本人が嘘をついていると分かっているのに、見ている方をこちらの世界に引き込めるわけがない。


Q:最後の質問になりますが、時代やアプローチを変えて何度も蘇る『八つ墓村』の魅力は、どこにあると思われますか。


滝藤:読む時代や人によって、無限に解釈が出来る点だと思います。そして80年近く経っても全く古びない。錆びないからこそ、映像化され続ける。今後もまた新しい『八つ墓村』が生まれ、時代を象徴する映画になるのでしょう。楽しみでなりません。






滝藤賢一

1976年11月2日生まれ、愛知県出身。2000年『BULLET BALLET』で映画デビュー。『クライマーズ・ハイ』(08)で一躍脚光を浴び、以降数々のドラマ、映画、CM等で幅広く活躍。近年の出演作に、「幽☆遊☆白書」(23/Netflix)、連続テレビ小説「虎に翼」(24/NHK)など。映画は『ミステリと言う勿れ』(23)、『若き見知らぬ者たち』(24)、『私にふさわしいホテル』(24)、『フロントライン』(25)、『事故物件ゾク 恐い間取り』(25)、『木挽町のあだ討ち』(26)『私はあなたを知らない、』(26)など。今後は映画『遥かな町へ』の公開が控えている。



取材・文:香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。


撮影:青木一成




『八つ墓村』

全国公開中

配給:松竹/ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

©2026「八つ墓村」製作委員会 ©Yokomizo Seishi/KADOKAWA

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