自分が入ることでキャラクターを信じられる
Q:子供たちの動きがとても印象的で、観ている側の記憶を呼び覚ます感覚がありました。そこも、最初から予定されていたのでしょうか。
門脇:キャラクターがこういう動きをするとか、こういう人間になるという成り立ちは、後半になってから考えました。それよりも「こういうストーリーの方が面白いのではないか」「こんなストーリーの転換がある方が驚くのではないか」と考えていたのが、最初の段階でした。
その頃のキャラクターは、1人は平成ど真ん中という感じの子供。もう1人は平成から取り残されていて、ゲームも持っていないような子供。流行りから取り残されたタイプの昭和っぽいキャラクターですね。父親の子供の頃の写真などを見て、タンクトップの着丈感や髪型、振る舞いなどをデザインしていきました。最初は、「平成と昭和みたいな子供が仲良くなる」といったところを決めていたくらいで、詳しい性格を決めたのはもう少し後半になってからでした。

『我々は宇宙人』©NOTHING NEW, MIYU PRODUCTIONS
Q:翼や暁太郎など、キャラクターにご自身を投影された部分はありますか。
門脇:そうですね。2人それぞれに自分を半分ずつ投影していると思います。
Q:自身の原体験や自分自身を物語に反映して映画にすることは、監督にとってどういう意味を持ちますか。
門脇:自分にとって「信じられるストーリーが作れる」ということですね。自分が投影できないキャラクターは、「こういう人間って本当に存在し得るのかな」という疑問に対して、腑に落ちることが難しい。でも、自分の半分が中に入っていると思うと、実際に存在したことを知っているわけで、だから信じられるんです。信じられると最後までそのキャラクターと付き合っていける。最後まで演出していけるし、絵を描き切ることができる。信じられないと描くのもだんだん辛くなってくるんです。
アニメーションは実写と違い、映っているもの全てが描かれた人工物です。フィクションの塊みたいなものですが、その中でせめて信じられる部分がないと、途中で飽きたり辛くなることがある。作業期間も長いですから。