贔屓をしないこと
Q:確かにポスターなどを見ていても、人物と背景を分けて描いているように見えないですね。そこの手描きに対するこだわりや、背景と作画の統一感の追求には、どういう思いがあるのでしょうか。
門脇:いつも「1枚の絵」として考えています。キャラクターがストーリーを動かすからといって、キャラクターが一番目立つようにしているわけではなく、背景を頑張って描いたからといって背景を見て欲しいということでもない。絵からキャラクターを取ったらただの風景画だけど、そこにキャラクターが乗っかることで1枚の絵として完成した状態を作りたい。その完成した1枚の絵を見て、「世界ってこういうものだな」とみんなに観察してもらいたいなと。今回は「世界はこんな風に成り立っている」ということを表現したくて作っていました。
何かに対して「贔屓をしない」ことが大事だと思っていました。「世の中ってあったかい人ばかりだよね」とか「悪意のある人ばかりだよね」とか、そんな贔屓もしないし、それと同じように「キャラクターは世界より偉い」という贔屓もしない。あくまで平等に世界を切り取って見せて、無機物も有機物も関係なく全てを描く。もしキャラクターは手描きで通行人は3Dにしてしまうと、そこですでに贔屓が始まっている。主要キャラクターが特別偉いわけでもなく、彼らも世界の通行人の一部なんです。この作品はそういうものをテーマにしているので、何かを贔屓して描くということは作品に合わない。それで全てを手で描くことにしました。

『我々は宇宙人』©NOTHING NEW, MIYU PRODUCTIONS
Q:無機物にまで愛情を注ぐのは大変ですよね。クリエイターとしてそこまで愛情を持てる人は、なかなかいないのではないでしょうか。
門脇:止まっていても動いていても、年を取るのは同じこと。古いマンションの汚れを見れば、「雨が垂れ続けた跡があって、この茶色く縦に伸びているのは多分上の水道管から錆びた色が流れてきているから、垂直にこの茶色い線が出ているんだな」とか、「あの水道管が錆びてくるまでの間、何十年間か使われていたんだな」などがわかる。ガードレールの裏面や壁のペンキが剥げていれば「子供がこの高さにいて剥いたんだな」とか、いろんなことを読み取ることができます。それは、久しぶりに会った友達の疲れた顔を見て、「あぁ、なんか人生辛かったんだな」って感じるのと同じですね。疲れた顔が定着しちゃった友達っているじゃないですか(笑)。それと同じで、この何十年でそれぞれの歴史があったんだなと感じてしまう。懐かしい景色も懐かしいキャラクターも、世界も、みんな一緒に年を取っている。その劣化や風化をしっかり描くことは、自分の中では特別ではないんです。