忌野清志郎。彼が手がけた曲や本人にまつわるエピソードは、もちろん知っているつもりだった。だが、映画『愛し合ってるかい? 忌野清志郎が教えてくれた』を観ると、自分が忌野清志郎の本質を全く理解していなかったことに改めて気付かされる。そして、彼が生み出した音楽や言葉が、今の時代にこんなにも必要とされるものになっていることに、胸が締め付けられてしまう。
『音響ハウス Melody-Go-Round』(20)『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』(24)など、近年、音楽ドキュメンタリー映画の新たな地平を切り拓いてきた、相原裕美監督が手がけた本作。そこには、忌野清志郎という今この時代に知るべき1人の人間の姿がしっかりと焼き付けられていた。
相原監督はいかにして『愛し合ってるかい? 忌野清志郎が教えてくれた』を作り上げたのか。話をうかがった。
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忌野清志郎を神格化しない
Q:今回なぜ「忌野清志郎」を映画化することになったのでしょうか。
相原:あまり劇的な話ではないのですが、オファーがあったんです。僕はずっと音楽業界にいたので、忌野清志郎さんがビッグネームですごい方だということはもちろんわかっています。だからこそ「どうしようかな」と悩みました。当時は、前作『トノバン 音楽家 加藤和彦とその時代』を作っている最中だったこともあり、すぐに取り掛かることはできなかった。それで一旦保留にさせていただきました。その後も「今すぐじゃなくても良いので」とお話をいただいたので、それならば思い切って引き受けてみようと。片手間では絶対にできない内容ですから。
Q:制作にあたり何かオーダーなどはありましたか。
相原:ひとつだけあったのは、「清志郎を神格化しないでほしい。ひとりの“人”として描いてほしい」ということでした。清志郎さん自身、自分のことを「バンドマン」と言っているのですが、忌野清志郎はあくまでバンドマンであり悩みを抱えているひとりの人間なんだと。そこは、僕も完全に同意でした。

『愛し合ってるかい? 忌野清志郎が教えてくれた』©2026 Kiyoshiro Movie Project
Q:清志郎さんの音楽やパフォーマンスに触れた原体験があれば教えてください。
相原:実は熱心なファンだったわけではないんです。要は、彼は僕が勤めていたレコード会社(ビクター)の所属アーティストではなかったから(笑)。これは“邦楽業界あるある”だと思いますが、他社の邦楽アーティストのファンになるって普通はあまりない。まずは自社のアーティストをどうにかして売らなくちゃいけないですから(笑)。
ただ、一度だけ同じ現場にいたことがあって、すごい人だと実感した出来事がありました。僕が映像担当をしていた桑田佳祐さんが、86年の冬に「メリー・クリスマス・ショー」という音楽番組をやったんです。松任谷由実さんや泉谷しげるさんなど豪華なメンバーが出ていた番組で、清志郎さんも出演して桑田さんや山下洋輔さんとセッションしているのを見て、「うわ、やっぱりすごいわ…」と圧倒されたことを覚えています。
Q:本作の制作に入る前と完成した現在で、「忌野清志郎像」に変化はありましたか。
相原:「歌いたい歌を歌う」ことを徹頭徹尾貫いてきた方だということ。取材をする前はそこまで明確には分かっていなかったのですが、改めてそこは強く感じました。
Q:公式サイトに、この映画の軸は「歌いたい歌を歌う」ということと「夢」だと書かれています。これはどのように決まったのでしょうか。
相原:最初はひたすら、清志郎さんの関連書籍やインタビュー記事を読んだり、亡くなられた後の特番を見たりしていました。その中でもやっぱり、「歌いたい歌を歌う」「夢」の2つが心に刺さる。それでその2つを映画の軸に据えることにしました。