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『太陽を盗んだ男』を放った、ゴジと呼ばれた男【そのとき映画は誕生した Vol.4 中編】
ローリング・ストーンズは来ていた
完成した映画には存在しない場面を中心に、脚本『笑う原爆』の続きを見ていこう。苦心の末に、城戸が自室で原爆を完成させると、冷蔵庫からビールを取り出して、歓喜の踊りを見せる。映画ではボブ・マーリーの「Get Up, Stand Up」が使用され、印象深い場面となったが、脚本では、ヴィレッジ・ピープルの「Y.M.C.A.」になっている(西城秀樹のカバーは、この脚本が印刷された翌月に発売)。
この後の展開は、完成した映画とほぼ重なる。城戸は女装して国会議事堂内にダミーの原爆を仕掛け、政府に自分の存在を誇示する。そして、山下警部を指名し、彼を通して政府に要求を突きつける。また、ゼロこと沢井零子がDJを務めるラジオ番組を通じて、原爆があれば何をしたいかをリスナーから募り、ローリング・ストーンズの来日公演という新たな要求を出すのも、すでにこの時点の脚本で盛り込まれている。
1973年に初来日公演が予定されていたが、過去の薬物問題から外務省が入国拒否したストーンズを来日させろという要求は、プロ野球の完全中継と共に、今では古びてしまったが(1990年に初公演が実現)、このアイデアが生まれた過程を長谷川が語っている。
「もっとエスカレートした要求を、と思って、一年半かけたけれどもないのだよ、これが。ただ、これだけ考えてもないというのが正直な現状なんだと、要求がないのは悲劇性かも知れんと思い直したね。そしたらレン(引用者注:レナード・シュレイダ―)が『ローリングストーンズの日本公演』を言い出したんだが、後半のドラマの芯が目的貫徹よりも、目的がない男が生き残れるかというテーマにおれの中で変わっていったんだな」(『週刊現代』79年11月1日号)
中盤の山場となるデパートの大捕物では、城戸はかろうじて捜査の網をくぐりぬけるが、原爆は警察の手に渡ってしまう。さて、これをどう取り戻すか。一筋縄ではいかないことは、観客も容易に想像がつく。
ところが、映画では呆気なく取り返してしまう(未見の読者は以降を読み飛ばしていただきたい)。
ネタを割ってしまうと、警視庁4階の対策本部に、ターザンのような雄叫びと共に、ロープにぶら下がった城戸が窓ガラスを割って飛び込んでくる。銃撃戦となりつつも素早く原爆の球体を手に、再び窓からロープにぶら下がって去っていく。
次のカットでは、もう車に乗って逃げていってしまうのだから、荒唐無稽も甚だしい。そもそも、あのロープはどこから張られていたのか。
こうしたご都合主義を許容できるかどうかが『太陽を盗んだ男』の評価を左右することにもなったが、脚本では、以下のような展開になっていた。
原爆を失い、失意の底にあった城戸を激しい吐き気が襲う。被爆による症状が出始めたのだ。ふとテレビを見ると、日本武道館で公演を行うために来日を果たしたローリング・ストーンズに、楽屋インタビューするゼロの姿が映っている。
そう、映画とは異なり、ストーンズが来るという設定で脚本は書かれていたのだ。
武道館の楽屋にゼロを訪ねた城戸は、彼女から、「おーう、ゲンバクの兄ちゃん!」と呼びかけられる。思わず立ち去ろうとすると、「待ちなさいよ、城戸先生!」と引き止められて驚く。バスジャック事件で英雄的活躍をしたことを報じる週刊誌を見て、彼女は城戸が同一人物と気づいていたのだ。
ストーンズの公演を通路に並んで見た2人は、その夜、飲み明かしてホテルの一室で関係を持つ。そのホテルの向かいは山下警部が常駐する庁舎の一室である。
庁舎の部屋では、原爆を移動させる車両を待つために、刑事たちが寝ずの番をしている。そこへ、庁舎の廊下を歩くラーメン屋の出前持ちの姿。大きな白マスクで、手に軍手をはめている。山下の部屋へ入ると、長官から頼まれたと出前のラーメンを取り出そうとする。山下は不審に感じて、出前持ちの前へ向かおうとする――と、外からターザンのような雄叫びと共にロープにぶら下がった黒づくめの男が飛び込んでくる。
不審な行動を取る出前持ちについては、脚本にこれ以上の言及はないので、関係はないようだが、以降のターザンのくだりから原爆奪還までは、映画と同じである。ただし、脚本には、原爆を手にした城戸が窓外のロープに掴まって飛び立ったあとを、「ロープを矢のようにすべって十数メートル下の地面に、降り立つ」と説明されており、一応は、どうやって逃げおおせたかを説明している。