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『太陽を盗んだ男』を放った、ゴジと呼ばれた男【そのとき映画は誕生した Vol.4 後編その2】

©1979 TOHO CO., LTD. / Tristone Entertainment, Inc.

『太陽を盗んだ男』を放った、ゴジと呼ばれた男【そのとき映画は誕生した Vol.4 後編その2】

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※本記事は物語の詳細に触れているため、映画未見の方はご注意ください。


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プルトニウムのプール



 ようやく撮影を終えた『太陽を盗んだ男』だったが、完成までには、まだ越えなければならない難題が残されていた。配給を担う東宝との対立、そして製作の山本又一朗との衝突である。


 4カ月に及ぶ撮影で使用されたフィルムは約19万フィート(約35時間分)。膨大なフィルムをもとに編集作業は急ピッチで進んでいたが、本来はすでに決まっていたはずの音楽監督が、ギリギリまで決定しなかった。


 ポリドール出身で、キティ・ミュージックを創立した多賀英典が代表を務めるキティ・フィルムだけに、井上陽水や高中正義を起用する案もあったようだ。しかし長谷川は、自身が脚本を書いた『青春の蹉跌』の音楽を手がけ、沢田とはPYGなどで組んできた井上尭之を推していた。その理由を、こう語っている。


「俺は、沢田だから井上尭之でやるんじゃないと、俺が知ってるミュージシャンの中じゃ、井上尭之がいいんだと。井上尭之よりいいのがいるんなら、出しなってつってさ、俺はじいっと待ってたわけだよ。(略)結果、多賀の手持ちの中に、そこまで作れるミュージシャンがいなかった」(『月刊イメージフォーラム』創刊準備号)


 9月1日から7日までの一週間で映像に音を付けていくダビング作業が進められ、9月10日に初号試写が行われた。


 通常は、これでほぼ完成となるが、ここで事件が起きた。配給を担う東宝から納品を拒否されたのだ。


 東宝は、本作が原爆をめぐる過激な映画であることは了解しており、最初に提示された脚本『笑う原爆』の段階で、長さは別としても、内容は折り込み済みだった。


 ただし、一箇所だけ東宝が削除を要求した場面があった。それが終盤近くに登場する市民プールのシーンだった。完成作では、次のような場面として描かれている。


 子どもたちで賑わうプールサイドで、城戸は鉛の小箱から取り出したプルトニウムの破片を水中に流し込む。美しいきらめきを放ちながら、水中へ消えていく――やがて、プールは阿鼻叫喚の場と化す。城戸は、怯えた顔で、プールから出るように促すが、子どもたちの遺体が大量に浮かぶ。その中には自分自身の死体も浮いていた――。


 完成作では、城戸自身の死体までが浮かぶこの場面は、現実とも幻想ともつかない構成で描かれている。これだけを観れば、東宝がそこまで問題視する必要はないと思えるかもしれない。


 だが、東宝へ最初に提出された初稿脚本『笑う原爆』では、この場面がまったく異なる意味を持っていた。城戸がプールで無差別殺人を本当に実行する場面として描かれていたのである。


 では、『笑う原爆』から、その場面を見てみよう。


 電話で山下警部とやり取りしていた城戸こと9番は、山下から「平然と人を殺すには、強い信念が必要なんだ。オマエの心の中にはそういう信念のカケラもない」と突き放され、9番は「わかった、今日、オマエに俺の信念を見せてやる」と宣言して電話を切る。


 ゼロこと沢井零子を連れて市民プールへ来た城戸は、鉛の小箱ごとプールへ投げ込む。やがて箱からあふれ出てくる粉末をじっと見つめていると、ゼロが叫び声をあげる。プールのあちこちで子どもたちが浮かんできたのだ。


 城戸の行為を察したゼロは、監視員に、半狂乱で「この男よ、この人がやったのよ、この人をとめてえ!!」と懇願する。


 信じがたいという様子の監視員が城戸を連行しようとすると、銃声が響く。城戸が拳銃で監視員を撃ったのだ。プールはパニックとなる。間もなく警官が駆けつけると、城戸は我に返ったように走り出し、そのあとをゼロが追う。警官が2人に向けて発砲すると、ゼロの背中に当たる。城戸は絶命したゼロをしばらく見つめて、走り去っていく。


 警視庁の山下警部のもとに、市民プールの事件を告げる知らせが入ったところで、ようやく山下は、9番がバスジャック事件の教師であることに気づく。慌てて出ていこうとすると、ニセ警官姿の城戸が待ち受けており、屋上へ連れ出す。2人きりで向き合うと、城戸は「約束通り、俺はオマエに俺の信念を見せた」という。


 山下が冷ややかに「プールで泳ぐ罪もない子供を殺すのがオマエの信念の証しか」と尋ねる。城戸は言う。「違う、教師になった奴が子供を殺すようになってしまったんだ」。


 この次に、完成した映画にもあった山下の台詞となる。


「オマエのような奴に人を殺す権利などあるもんか! オマエが殺していいたった一人の人間はオマエ自身だ!」


 このように、『笑う原爆』の初稿では、城戸による子どもたちの大量殺人が、現実の出来事として描かれていた。城戸がダークヒーローだとしても、許容しがたい一線を越えた行為と受け取られても不思議ではない。東宝が削除を求めた理由も理解できよう。


 これが2稿目となる脚本『プルトニウムラブ』になると、プールへプルトニウムを投げ入れるのが城戸ではなくなる。以下に内容を見てみよう。


 市民プールで鉛の小箱に入ったプルトニウムを持って躊躇している城戸のもとへ、偶然プールに来ていた教え子の内田が声をかけてくる。城戸が手に持つ小箱が何か尋ねてくるので、これが金属プルトニウムであることを伝え、プールに入れてしまおうかと思ったが、みんな死んでしまうので止めたと城戸が話す。


 すると内田は、「バッキャロオ! ウソツキ!!」と叫ぶやいなや、城戸の手から小箱をひったくり、プールに投げ込む。そして内田も箱を追ってプールに飛び込む。城戸が血相を変えてプールサイドから「バカ、やめろ!!」と叫ぶが、内田は笑いながら水中へ潜っていく。城戸も水中に飛び込んでやっと内田を捕まえるが、彼は間もなくグラリと脱力して動かなくなる。城戸の顔のアップとなり、そこにプールサイドからの阿鼻叫喚が響く。


 以降の展開は『笑う原爆』と同じだが、プルトニウムをプールに投げ入れる行為を教え子に担わせたことで、城戸自身の行為と責任の所在が曖昧になっている。東宝の要求をかわすための改変だったとしても、筋立てには無理があると言わざるを得ない。


 こうして比較すると、無差別殺人を現実の出来事として描いた初稿から、完成作では城戸の幻想とも受け取れるイメージへと変わっていったことがわかる。場面の意味を変えることで、長谷川は妥協を図ったのだろう。


 だが、東宝はプルトニウムのプールの場面が残っていること自体を問題視した。長谷川が当時の状況を語っている。


「プールは切る約束なのに、残ってるじゃないかと。それは、又(引用者注:山本又一朗)が勝手にしてきた約束なわけだよ、プールも切ります、タイトルも変えますというのがさ。(略)俺はどっちもノーといいながら、まあしかし、うまい工合にだましゃいいと思ってたわけだな」(『月刊イメージフォーラム』前掲)


 だが、東宝のメジャー映画となると、そう甘くはない。題名は『笑う原爆』ではやはり通らず、次善のつもりで付けた『太陽を盗んだ男』が正式題となった。


 プールについても問題を先送りした結果が、最後の最後に納品拒否へと発展することになった。


 それでも長谷川は怯まなかった。こう反論したという。


「プールは俺は要ると。東宝が読んだ一稿のプールとは、全然意味がちがうと。一八〇度ちがうとはいわないが、もう少し重層的な意味になってるはずだと。(略)俺が選んだ形はこうだと。俺が監督である限り、これは切らない」(『月刊イメージフォーラム』前掲)


 そしてもうひとつ、長谷川を悩ませる事態が発生する。製作の山本又一朗が編集を全てやり直すと言い出したのだ。




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