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クリストファー・ノーランが真正面から描く怪物たち!『オデュッセイア』【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.76】

クリストファー・ノーランが真正面から描く怪物たち!『オデュッセイア』【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.76】

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相手を異形にしてしまうキルケ





 キュクロプスから逃れた一行は、息つく間もなく今度は鎧をまとった好戦的な巨人族(ライストリュゴネス族)の襲撃に遭う。原典での巨人族は人喰い族であり、ギリシャ兵たちを串刺しにして食べてしまうのだが、そこは直前にキュクロプスが兵士を食べるシーンがあるせいか描かれることはなかった。代わりにより戦闘的な面が強調され、劇中の様式に比べてやや未来的な雰囲気さえある鎧をまとった姿で、装甲戦車のようにひたすら相手を薙ぎ倒していくパワフルさを見せる。本作では割愛されているが、本来はキュクロプスよりも前にキコネス族との戦いがあり、そこでオデュッセウスたちは戦車を駆る敵に反撃されて痛手を受ける。もちろんこの戦車とは馬が引くチャリオットタイプものと思われるが、個人的には、トロイア戦争の延長線上にある人間同士の戦闘のイメージを巨人族に重ねたことで、あのような装甲的な姿になったのではないか、などと連想した。


 そんな巨人たちの猛攻により船と味方の多くを失った一行が次に遭遇するのが、アイアイエ島の荒れ果てた小屋で独り暮らす女性キルケである。そこでもてなしを受けた彼らは、与えられた食事とキルケの不思議な力によって見る見るうちに豚の姿へと変貌を遂げてしまう。キルケは人間を動物に変えてしまう魔女だったのである。


 怪獣感で言えばキュクロプスが一番だが、この変身シーンも強烈な印象を残す。取り憑かれたように食べ続けるギリシャ兵たちの顔を、キルケが直接素手で掴んで粘土でもこねるように変形させてしまうのだが、キルケ役のサマンサ・モートンの力仕事でもするかのような演技と兵士たちへの特殊メイク、特殊効果の力が合わさって、本当に力技で人間の顔をぐにゃぐにゃと作り変えていくような場面が出来上がっている。神話上の魔法が映像の魔法で見事に解釈されたようである。


 原典では薬が混ぜられた飲み物を飲んだ男たちが、キルケに杖で打たれることにより一瞬にして豚に変身することになっているが、映画では人間から豚へと変化していく過程がじっくり見られるのも楽しいところだ。すっかり豚になるのならそれはまだよくて、本当に悲惨で恐ろしいのは中途半端な段階で変身が終わることだろうと思わずにはいられない。キルケはそれまでにも彼女のもとを訪れた者を動物に変身させており、小屋の周りには他にも猛獣たちが住み着いているが、これらの変身過程もさぞおもしろかったことだろう。変身の魔法に丁寧なプロセスの描写を入れるところもまた、ノーランのリアリティ・ラインなのだと思う。


 キルケがおもしろいのは、彼女自身が怪物なのではなく、魔女として人間の方を異形に変身させてしまうことだろう。だからこそ、すっかり変身した後の動物の姿だけでなく、そこに至るまでの醜怪な過程も見せているのだと思う。キルケの怪物的な側面はその力と作用にあるのだ。


 キルケは仲間たちを助けにきたオデュッセウスに対し、土地を征服し、殺しと破壊、略奪、暴力と、欲望の限りを尽くすお前たちのような兵士こそ怪物だと糾弾する。だから本当の姿に変えてやったのだと。そう語る彼女には、過去に傷つけられた人であるという印象が自然と浮かび上がるが、劇中ではそれ以上の説明はない。キルケのそのような糾弾は、オデュッセウスにトロイアでの行いを思い出させたであろうことは言うまでもない。ノーランならではの時系列の調整により、出来事はおろかオデュッセウスの心理描写も順番通りの一本道で描かれることはないが、結論から言えば、「トロイの木馬」という禁じ手のような方法で文明をひとつ滅ぼしてしまった彼の帰路は、キュクロプスの恨みを買う以前からすでに呪われていたと言えるだろう。


 キュクロプスであれ、ライストリュゴネスであれ、そしてこのキルケの小屋でも、オデュッセウスたちはもてなしの慣習(「ゼウスの掟」)に則って訪れた島の住人に接触するが、そのあてはことごとく外れる。それは相手が慣習を共有できない怪物だからだろうか?しかし、だんだんと浮かび上がってくるひとつの軸、オデュッセウスによる「木馬」の策略がもたらした結果が明らかになる頃には、なにより彼がかつて敵とさえ共有できていた慣習を破ってしまったことがわかる。キルケの咎めにより、オデュッセウスが自らの内にある邪悪さを認めたのであれば、彼女は魔法なしでも相手を怪物として自覚させたという構図になる。




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