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クリストファー・ノーランが真正面から描く怪物たち!『オデュッセイア』【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.76】

クリストファー・ノーランが真正面から描く怪物たち!『オデュッセイア』【川原瑞丸のCINEMONOLOGUE Vol.76】

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苦難のはじまり、キュクロプス



 クリストファー・ノーラン作品についてはいろいろな見方があると思うけれど、ぼくにとってはやはりバットマンシリーズであるダークナイト三部作(06~12)の印象が強く、そこから順番に観てきた上で感じるのはとにかく「そこにいる」、「そこにある」を追求しているという印象だ。犯罪と闘うためにコウモリのコスチュームに身を包むクライム・ファイターが現実にいたらどんなふうか、彼と対峙するために道化の格好をした犯罪者が現れたらどんなふうか。歴史的なコミック・ヒーローを現実世界に落とし込むということに、ひたむきに取り組んだ結果として、かのシリーズは10代後半くらいの自分にはよく刺さった。それはリアリティの追求とも少し違う気がする。現実らしく見せたいというよりは、本当にそこにいたらどうなるか、ということを実験的に突き詰める方が先に来ているように感じるのだ。その都度設定されたリアリティ・ラインに忠実であるからこそ、結果としてリアリティが生まれ、あるいは現実の角度から考証しようとするとひずみが生じたりするのかもしれない。


 今度の『オデュッセイア』も自分の中ではダークナイト三部作に近いものを感じている。10年に及ぶトロイア戦争での勝利の後、イタケ島の王オデュッセウスが数々の危険に遭いながら故郷を目指す、古代ギリシャ叙事詩の映画化である。英雄譚であり、すでに太古の昔から大勢のクリエイターが繰り返し描き続けてきた古典的テーマに、新たなバージョンを加えるという点でもバットマン映画に通じるものがある。果たしてノーランがギリシャ神話の怪物たちを描いたらどうなるのか……考えただけでもわくわくするではないか。


 なんといっても公開前から実物大の巨大モックが話題となっていた一つ眼巨人キュクロプスの生き生きとした姿に大興奮だった。トロイアでの勝利の後、故郷を目指して出航したオデュッセウスとその部下たちは途中で立ち寄った島でキュクロプスが住む洞窟に閉じ込められてしまう。洞窟の中で限られた光源に照らされて浮かび上がる巨体の見せ方も良いし、顔に縦向きに配置された眼も怪獣感があって素晴らしい。なにより巨大なキュクロプスと、小さな(通常サイズの)オデュッセウス一行とを難なく同じ場面におさめているところに、クリストファー・ノーランのモンスター映画への意外な可能性を感じた。確かに広角な景色を描き慣れていることを考えれば不思議はない。洞窟の中で巨人と一緒に閉じ込められ、なす術もなく摘み上げられて食われてしまう恐怖や、眠っている間に奇襲をかけたり、機転をきかせて洞窟から脱出する際の緊張感など、本当によく伝わってきた。キュクロプスが兵士をひょいと掴んでぼりぼり頭から食べてしまうところも流れるような動作で素晴らしい。


 洞窟から脱出し、恐ろしい島から逃げ出すために一気に浜辺に向かって駆けていく一行を、それでもキュクロプスは追いかけてくるが、このとき画面は一行と同じ目線に立つかのように慌ただしく動き、迫ってくるキュクロプスの姿もはっきりとは映らない。一瞬、木々の上からぬうっと一つ眼の顔(すでに眼は潰されているが)が覗く瞬間があるが、それはまさにオディロン・ルドンの絵画「キュクロープス」を思わせるようなショットだった。と同時に、怪獣映画の文脈で言えば初代『ゴジラ』(54)でゴジラが初めて丘の向こうから顔を覗かせるシーンを思わせもする。あのゴジラにしても、このルドンの絵画の影響があっても不思議ではない(実際のところはわからないが非常によく似ていると思う)。そう考えると、ルドンのキュクロプスからゴジラ、そしてその両表現を受けて再びキュクロプスに戻ってきたようで、文脈の環が見事に閉じたように感じられる。


 ギリシャ人一行は怪物の眼を潰すことでこの恐ろしい状況から脱出するが、オデュッセウスがその名を名乗ったことにより、キュクロプスは父である海の神ポセイドンに復讐を祈ることが可能になる(映画では眼を潰した際に勝利を告げるかのように堂々と名乗っていたが、原典では無事海上に出た船から岸にいる怪物を煽りに煽り、調子に乗って名乗ってしまう)。キュクロプスの祈りにより、オデュッセウスの故郷への船旅は呪われてしまうのだった。




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