悪夢のようなプロジェクト
「パリの真ん中にあるポンヌフ橋の上で、ホームレス同然の孤独な大道芸人と、失明寸前の女画学生が出会い恋に落ちる、コメディタッチの映画」を、監督は当初、スーパー8の白黒フィルムを使って、ドキュメンタリータッチ・短期間・低予算で作ろうとしていた。実際のポンヌフ橋での撮影許可が18日間おりたので、昼間のシーンを本物でロケ、夜のシーンを、橋のシルエットだけ簡単に作ったセットで撮影する計画だった。
『ポンヌフの恋人』(C)1991 STUDIOCANAL-France 2 Cine'ma
しかし主役のドニ・ラヴァンが私的な大工仕事中に親指の腱を切る怪我をし、撮影は中断・延期。本物のロケ地を使うことは叶わなくなってしまう。そこから歯車が狂い始め、撮影を続けるには郊外の村に巨大な橋のセットを建設することが必要になり、保険業者や銀行も入り乱れ、途方も無く大きなプロジェクトに膨れ上がっていく。どんどん増大していくセットの費用と、製作費を支払いきれず倒産するプロダクション。半年に及ぶ撮影中断時に嵐に襲われ、破壊される巨大セット。
『ポンヌフの恋人』(C)1991 STUDIOCANAL-France 2 Cine'ma
しかし、中断していても、撮影済みのフッテージを見るとあまりに魅力的な内容が人を惹きつけていく。プロデューサーも3人目となり、フランス映画史上最大のセットを完成させ、撮影も再開。3年をかけてついに映画も完成する。なお、無名の小さな村に建設された、パリの街とセーヌ川とポンヌフ橋を再現した超巨大なセットは放置された。美術要素は風化して跡形も無いが、映画のために整地した地形はそのままである。今でもgoogleマップで見ることができる。
ロケセット跡地 ポンヌフ橋の跡(撮影:村山章)
ロケセット跡地 セーヌ川に見立てられた川沿いの石畳跡、奥がポンヌフ橋に見立てられた土手(撮影:村山章)
ちなみに、セーヌ川にかかる本物のポンヌフ橋は、パリの交通網を支える立派な大動脈である。今もこの瞬間も、車も歩行者もガンガン通る普通の橋である。そもそも映画の撮影許可が降りるっていうことがすごい。東京ではありえないなあ、とため息をつくしかない。