「私はマルコムXです!」
アメリカの詩人アミリ・バラカ(別名リロイ・ジョーンズ)は、本作を痛烈に批判した。マルコムXが刑務所に入る前のハスラー時代を長く描いたことが不満の1つだった。だが、マルコムXは自伝の中でこう話している。「昔の私が生きていた浮世の泥沼よりもさらにどん底で生きている黒人、あるいは昔の私よりももっと無知な黒人、私が経験した怒りよりももっと激しい怒りをいつも感じている黒人は、アメリカのどこを探してもいないだろうと私は思う。しかし、まっ暗闇のあとにこそ、最大の光りが射す。悲嘆のきわみがあって、最大の歓喜も到来する。奴隷制と刑務所の味を知っている者こそ、自由の醍醐味を味わえるというものだ」と。そして、自分の経験こそが、アメリカ黒人が感じる痛みであるが、希望もあることを語っている。間違ったことをしていた時代があり、それを映画で描いたからこそ、共感した人たちもいた筈である。
公民権運動家で現在はジョージア州アトランタの下院議員であるジョン・ルイスは、メッカ巡礼後にアフリカ各地に立ち寄っていたマルコムXとホテルで偶然に会った時のことを、自身の自伝で回想している。「想像とは違い、とても落ち着いており、にこやかに挨拶してくれた。そして彼には希望に満ち溢れていたことを感じとれた」。
『マルコムX』(c)Photofest / Getty Images
本作の終盤は、アメリカの小学校でマルコムXを学んだ子供たちが「私はマルコムXです!」と次々に立ち上がり、アフリカの小学校で、ネルソン・マンデラが子供たちにマルコムXのスピーチをするシーンで終わっていく。メッカ巡礼後にアフリカ統一機構(OAU)に積極的に参加し、自らアフロ・アメリカン統一機構(OAAU)を設立したマルコムXのパン・アフリカ主義をそのまま描いているようだった。
スパイク・リーの『マルコムX』は、数奇な運命の巡り合わせが生んだ時代を代表する作品だ。「私はマルコムXです!」というシーンを小さい頃に見て感動し映画監督を目指した1人が、『ブラックパンサー』(18)のライアン・クーグラーである。スパイク・リーが描いた希望は、これからもマルコムXが望んだような光りとなって人々を照らしていくだろう。
雑誌「映画秘宝」(洋泉社)を中心に執筆。著書『ブラックムービー ガイド』(スモール出版)が発売中。
『マルコムX』
DVD: 1,429 円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
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※ 2019年11月の情報です。
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