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『ミーン・ストリート』マーティン・スコセッシ&ロバート・デ・ニーロの初タッグにみる、ギャング映画の原点

『ミーン・ストリート』マーティン・スコセッシ&ロバート・デ・ニーロの初タッグにみる、ギャング映画の原点

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名優ロバート・デ・ニーロの原石の輝き



 主演はハーベイ・カイテルで彼の抑えた演技も悪くないが、見せ場をさらっていくのはロバート・デ・ニーロ扮するジョニー・ボーイである。何をしでかすのか分からないキャラクターゆえ、終始、彼から目を離すことができない。その目には狂気が宿り、後の『タクシー・ドライバー』の原型となっている。


 この映画が公開された73年にデ・ニーロはやっとハリウッドで注目される存在になるが、その時、すでに30歳。映画界では意外に遅咲きの男優だった。両親共に画家という芸術系の血筋に生まれた彼は、もともと性格は内気で、口数も少なかった。俳優になることを決意したのは10歳の時で、『オズの魔法使い』の舞台で内気なライオン役を演じたこともあったという。16歳の時は高校でチェーホフの舞台に立ち、初めてのギャラを手にした。やがてはステラ・アドラーやリー・ストラスバーグといった有名な指導者と出会って演技力を磨き、舞台での演技も評価されるようになった。


 その後は当時インディペンデント映画界で、第二のゴダールをめざしていたブライアン・デ・パルマとコンビを組むようになり、『御婚礼/ザ・ウェディング・パーティ』(69)、『ブルー・マンハッタンⅠ』(70)、『ブルー・マンハッタンⅡ』(68)などに出演した。「彼が19歳の時に映画のオーディションにやってきたが、本当に素晴らしい演技だった」とデ・パルマは当時のことを振り返る。




 そして、デ・パルマの友人だったスコセッシに彼を紹介し、『ミーン・ストリート』で初のコンビが実現した(デ・パルマもこの映画の編集を手伝ったという)。スコセッシとデ・ニーロは、もともと顔見知りだったそうだが、デ・パルマに正式に紹介されてからは仕事で組むことになった。同じリトル・イタリーの出身ということもあって、ふたりは意気投合したようだ。


 「ボブ(デ・ニーロ)は直感が鋭く、彼の選択は正しい。彼は描かれる街のことも理解しているから、ジョニーにぴったりだと思って起用した」とスコセッシは語っている。「ふたりともアウトサイダーで同じような物の見方をしているからね」


 一方、デ・ニーロは自身の演技感についてこう考えているようだ。「私にとって演技とはさまざまな異なる役柄を演じること、そして、その人物が抱える現実に可能な限り近づくことだ」(デ・パルマ、スコセッシ、デ・ニーロの発言は“Robert De Niro:The Hero Behind the Masks”キース・マッケイ著、より)


 そんなふたりが出会うことでキラキラする才気に満ちた『ミーン・ストリート』が完成した。<ニューヨーカー>の名物評論家だったポーリン・ケールは、「私たちの時代において、この映画には本物のオリジナリティがあり、パーソナルな映画作りの大成功作となった」と評した。



 それから46年後、名コンビは成熟の極致ともいうべき新たな代表作『アイリッシュマン』を作り上げ、映画史に新たな歴史を刻むことになった。



文:大森さわこ

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。



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『ミーン・ストリート』

ブルーレイ ¥2,381+税/DVD ¥1,429 +税

ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント

(c)1973, Renewed (c)2001 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

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