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『コックと泥棒、その妻と愛人』悲劇か、喜劇か。オランダ絵画への偏愛から生まれた、美醜あふれる復讐絵巻

(c)Photofest / Getty Images

『コックと泥棒、その妻と愛人』悲劇か、喜劇か。オランダ絵画への偏愛から生まれた、美醜あふれる復讐絵巻

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個性的で優れたスタッフのコラボレーション



 多くの仕掛けと演出が、優秀なスタッフによって実現された。撮影は監督の映画をここまで担当してきたサッシャ・ヴィエルニ。映画芸術の到達点とも言われ、ココ・シャネルがオリジナル衣装を担当してことでも有名な、アラン・レネ監督作『去年マリエンバードで』(61)のカメラマンである。ヴィエルニは、カトリーヌ・ドヌーヴが主役を演じ、イヴ・サンローランが衣装をデザインした、ルイス・ブニュエル監督『昼顔』(67)のカメラマンでもある。


 退廃とエレガンスを両立した素晴らしいコスチュームをデザインしたのは、ジャン・ポール・ゴルチエだ。グリナーウェイは、優れたヴィジョナリストたちをつなぎ、比類の無い映像に仕上げる特別なチカラを持っていたのかもしれない。


 美術は、監督になくてはならない、オランダ出身のベン・ヴァン・オズ。音楽は、のちにジェーン・カンピオン監督『ピアノ・レッスン』(93)で世界中に名を知られることになるマイケル・ナイマン。『ピアノ・レッスン』は言葉の出ない主人公の女性の気持ちを代弁する繊細さを伴ったものだったが、本作は欲望渦巻く人間模様に負けない強さとインパクトのある、重厚なバロック風音楽を奏でている。


『ピアノ・レッスン』予告


 俳優陣も素晴らしい演技を見せる。マイケル・ガンボン演じる泥棒アルバートの度を越した物騒さ。終始怒鳴りまくり、蹴散らし、殴る、残忍な悪人。カンヌ国際映画祭主演女優賞を2度受賞し、のちに『クイーン』(06)で第79回アカデミー賞主演女優賞を獲得するヘレン・ミレンが夫の横暴に怯えつつ、教養溢れエレガントな愛人に惹かれてしまう妻ジョージーナを体を張って演じる。


 孤独で知的、穏やかさでジョージーナをリードするその愛人を演じるアラン・ハワード、狂言回しのように控えめながらアルバートに気高く対抗する料理長を、フランス界を代表する俳優リシャール・ボーランジェが演じている。また、泥棒アルバートの手下役、ティム・ロスも危ない雰囲気を感じさせて魅力的だ。


 いろいろ検証していると、シネマスコープサイズで撮られた本作は、ミニシアターで見るべき作品ではなく、実は大画面向きの映画なのではないかと思えてくる。制作された当時は既にビデオが浸透していた時期だが、テレビモニターでの視聴環境はまったく念頭にないつくりをしている。とにかく見所が多いのだ。



『コックと泥棒、その妻と愛人』(C) 1990 ROAST, B. V. AND ERATO FILMS/FILMS INC. ALL RIGHTS RESERVED.  


 非常に多い一画面の情報量。美術装飾や衣装のディティール、見たことのないフレーミングとライティング、それらすべてを暗闇に浮かぶ横長サイズの長方形で見ることを想定した設計。派手なアクション映画をIMAXシアターで見る楽しさもあるが、本作品のように、長回しで撮られた情報量の多い画を大画面でじっくり見る楽しさもあっていいと感じる。海外の美術館で巨大で圧倒的な絵画を見たときの、ずっと見ていたくなる感覚に近い。こういう作品の4Kリバイバル上映を、どなたか、大金持ちの方に実現していただきたいものである。


 映画も音楽も、いつでもどこでも見聞きできる時代になった。もちろん自分もその恩恵に預かっている一人だ。映画館やスピーカーにこだわることはもう必要無いかもしれない。AVメディアは厳しい現実を迎えている。



『コックと泥棒、その妻と愛人』(C) 1990 ROAST, B. V. AND ERATO FILMS/FILMS INC. ALL RIGHTS RESERVED.  


 しかし「食」に関して言えば、誰とどこで食べるか、環境設定が大事な状況は守られている。個性的な料理人とお店は重要なのだ。


 本作は豪華なレストランを舞台に、人間の本質が暴かれる刺激的な一作だ。鑑賞後に色々と考えさせられること必至だが、直後の食事だけは、あまりお勧めできない。ヒントは、泥棒アルバートが怒りに任せて叫ぶ台詞だ。


 「殺してやる!殺して、お前を食ってやる!」


参考

https://www.youtube.com/watch?v=9WQ3ghWGkRY

https://www.youtube.com/watch?v=2DQdVkSYX44



文:江口航治

映像プロデューサー。広告を主軸に、メディアにこだわらず幅広く活動中。カンヌはじめ国内外広告賞多数受賞し、深田晃司監督『海を駆ける』(18)やSXSWへのVR出展など、様々な制作経験を経たプロデューサーならではの視点で寄稿。「note」でも投稿中。



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作品情報を見る




『コックと泥棒、その妻と愛人』

DVD: 1,429 円+税

発売元: NBCユニバーサル・エンターテイメント

(C) 1990 ROAST, B. V. AND ERATO FILMS/FILMS INC. ALL RIGHTS RESERVED.  

※ 2019年12月の情報です。


(c)Photofest / Getty Images

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