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『コックと泥棒、その妻と愛人』悲劇か、喜劇か。オランダ絵画への偏愛から生まれた、美醜あふれる復讐絵巻

(c)Photofest / Getty Images

『コックと泥棒、その妻と愛人』悲劇か、喜劇か。オランダ絵画への偏愛から生まれた、美醜あふれる復讐絵巻

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グリーナウェイ美学の本質とは



 そもそも、グリーナウェイ監督が本作のみならず以前より貫いてきた美学とは何か。その原点は何なのか。その答えのヒントは、本作の美術装飾に見つけることができる。舞台となるフランス料理店のメインダイニングに大きく飾られ、劇中に何度も繰り返し登場することになる一枚の西洋絵画だ。


 フランス・ハルス作「聖ゲオルギウス市警備隊の士官たちの晩餐」。フランス・ハルスは、17世紀のバロック期の影響を受けたオランダ絵画黄金期を代表する画家で、レンブラントやフェルメールと同じ時期を生きた。ハルスが34歳、1616年ごろに書かれたこの集団肖像画は、それまでの典型的な三角形(台形)の構図から逸脱し、左から右へと高まる斜形図形が用いられ、凡庸的な表現ではない、生き生きとした躍動感を与えている点が特徴的だ。


 16世紀末から17世紀初頭にかけてイタリアで誕生し、ヨーロッパ全土に急速に広まったバロック様式がもつ情動的なダイナミズムや、フェルメールやレンブラントに代表される、光と影を高度に操る技術。それらを、世界一の繁栄によって莫大な富を得たオランダのパトロンたちが支援した画家が会得し、画家たちの技術は向上した。



『コックと泥棒、その妻と愛人』(C) 1990 ROAST, B. V. AND ERATO FILMS/FILMS INC. ALL RIGHTS RESERVED.  


 若い頃、画家を目指していたグリーナウェイ監督はオランダ絵画の作家たちに心酔し、高度な描写技術の中に<一瞬ではない物語性>を見出し、写真や映画的な魅力を感じ始めていた。また、当時から一貫して「生」と「性」に関心を抱いていた監督は、より深い表現ができるフォーマットを模索していたが、「絵にはサウンドトラックが無い」ことに表現の限界を感じ、総合芸術としての映画に舵を切ることになったという。


 監督としての評価を確立したあとも、光と影のコントロールを極めたオランダ絵画に傾倒する姿勢は変わらず、’99年にオペラ「フェルメールの手紙」の台本を担当、アムステルダム、オーストラリア、アメリカで上演。2007年には映画『レンブラントの夜警』を制作。レンブラントのことを光の魔術師と呼び、映画は人工的な光をいかに操るかということが重要であり、レンブラントこそ最初の映画監督だと発言している。


『レンブラントの夜警』予告


 人の欲望を否定も肯定もせず、生きて死ぬことと同じにとらえ、あるがままに大胆に映し出す。人工的な光をおもいのままにコントロールしてメッセージをあますことなく伝える。グリーナウェイ監督の想いは、オランダ絵画と出会ったことで実を結び、やがて映画のフォーマットで花開いたのだ。


 その観点からすれば、本作の数々の特徴も腑に落ちてくる。一枚の画の中にどれだけの情報をこめ、光と影、色、人物の動きを無駄なく演出していくか。


 例えば、装飾とライティングによって、主な場所には色が設定されており、唯一の外であり冷酷な暴力が描写される駐車場は青、誠実なコックたちの厨房は緑、欲望うごめくメインダイニングは赤、落ち着きのためのトイレは白、多くの人が出入りするエントランスは無色など、無意識レベルで観客を一瞬で狙いの感情へといざなう。


 また、人物が部屋を移動する時にカメラも合わせて動き、壁一枚で一瞬ワイプアウトすると次の部屋では衣装の色が背景と合わせて変わっている。


『コックと泥棒、その妻と愛人』本編映像


 最も横に長いフォーマットのシネマスコープサイズでフレーミングされた画は、シンメトリー(左右対称)と横移動のカメラワークを多用して規則性と緊張感を漂わせつつ、シーンによっては遠近法を巧みに使い、果てしなく奥行きを感じさせ、ひとときの開放感とダイナミズムを演出する。


 バロック調の重厚な音楽と哀切なボーイソプラノが全編に渡って繰り返され、徐々にクライマックスへと盛り上げていく。



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