デ・ニーロ・アプローチ、ここに極まれり
『アイリッシュマン』ではデ・ニーロの演技がVFXと融合して、70代の彼が30代、40代、50代へとナチュラルに“若返り”するのも話題となった。
『アイリッシュマン』予告
ではリアリズムを徹底させた『レイジング・ブル』はどうか。役者デ・ニーロを語る上で欠かすことのできない表現に「デ・ニーロ・アプローチ」という言葉があるが、本作の彼はまさにその究極の形に挑んだことで知られる。
まず撮影したのはボクシングのファイト・シーン。この役作りに向けて彼がトレーナーに付いて技術を磨き、本物のボクサーも恐れをなすくらいに体を絞り込んでいったのは言うまでもない。
問題はここからだ、生身のボディをあらわにするボクサーとしての撮影が終わると、今度はどんどん食べ始める。そこからさらに4か月の間隔をあけて、イタリア、フランスで朝、昼、晩、食って食って食いまくる地獄のような毎日を送り、30キロ近くも体重を増やした。「ボビー(デ・ニーロ)はあまりに太りすぎて、ちょっと動くだけでも喘息の発作みたいに肺や気管支からゼーゼーと音が漏れていた」と、他ならぬ喘息経験者のスコセッシが証言するほどだ。
こんなに急速に太ると体にも相当悪いはずだが、彼のアプローチはそんな余計な心配を微塵も寄せ付けない。とにかく一心不乱。所作、セリフ、表情、身体性、そのすべてを徹底してつかまえることで、演じるキャラクターになりきれると考えているのだ。こういった執念が実り、彼は『レイジング・ブル』で念願のオスカー、主演男優賞を獲得した。
『レイジング・ブル』(c)Photofest / Getty Images
歳を重ねるに従って過酷な役作りは少なくなったものの、そのスピリットは全く変わっていない。VFXの力を借りた『アイリッシュマン』でも“役になりきる”というデ・ニーロの方法論はむしろ、より魂のレベルで深みを帯びて我々の眼前に提示されているように思える。今この瞬間、両作をしかと見比べてみることは、「デ・ニーロ・アプローチ」とは何かを理解する上でも最良の試みと言えるのではないだろうか。