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ポン・ジュノ監督の長編デビュー作『ほえる犬は噛まない』。その原題から浮かび上がるテーマ性とは?
「フランダースの犬」が意味するもの
さて、この映画には邦題とは別に、韓国語の原題がある。それを日本語に訳すると「フランダースの犬」となるらしい。そういえば、本作のカラオケ場面では主人公があのアニメの主題歌を熱唱する姿が映し出されるし、エンディングでもこの曲をジャズにアレンジした楽曲が流れるのがはっきりとわかる。では、なぜこのアニメなのか。
答えを探し求めていると、日本公開時の劇場パンフレット内に監督の言葉でこの件が語られている箇所を見つけた。それによると、「フランダースの犬」は、60年代生まれのポン・ジュノ監督が小学生の頃に、韓国内でもテレビ放送されていたとのこと。同世代の間で人気の番組で、最終回のオンエア時には外を出歩く子供が一人もいなくなるほどだったとか。それゆえ、このタイトルにはあのアニメ番組が持つ「子供ならではの純粋さ」を象徴する側面があるというのだ。
ユンジュとヒョンナムという対比構造
このことを踏まえて映画を見つめ直すと、原題を介してまるでリトマス試験紙のように主人公たちの姿が染まっていくのが伺える。例えば、純粋さとは真逆の道に踏み出すユンジュの背中には、人生の皮肉や悲哀といったものが痛いほど浮き彫りとなっていく。とりわけ彼がヒョンナムに追いかけられるシーンは、単なるチェイス以上に、彼の精神的葛藤と解釈することも可能だ。
一方、学校を出たばかりで経理の仕事を担当するヒョンナムは、フツウの女の子から大人へ移行するお年頃。行方不明の犬をなんとか探そうと懸命になる姿や、その動機が「みんなに英雄扱いされたいから」という健気な点も含めて、まさにこの「フランダースの犬」にふさわしき純粋な心を持ち続けている。だからこそ、このキャラにはぺ・ドゥナの嘘偽りのない演技がぴったりとはまっているのだろう。
本作は事件が解決したり、人間関係が進展したり、はたまた絵に描いたようなハッピーエンドが待ち受けることはない。何が正しくて、間違っているのかという説教くさい指摘もない。むしろこの原題は、出会うはずもなかった二者の日常をにわかに比較し交錯させることにこそ、ポン・ジュノの狙いがあったのだと気づかせてくれる。
『パラサイト』でも際立つ対比構造は、かくしてポン・ジュノの長編デビュー作の時点ですでに緩やかに確立されていたのである。
1977年、長崎出身。3歳の頃、父親と『スーパーマンII』を観たのをきっかけに映画の魅力に取り憑かれる。明治大学を卒業後、映画放送専門チャンネル勤務を経て、映画ライターへ転身。現在、映画.com、EYESCREAM、リアルサウンド映画部などで執筆する他、マスコミ用プレスや劇場用プログラムへの寄稿も行っている。
『ほえる犬は噛まない』
DVD¥1,500(税抜)
発売・販売:KADOKAWA
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