(C)2016 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.
『蜘蛛女』攻撃型ファム・ファタールが、男性目線のファンタジーをひっくり返す伝説の怪作
『蜘蛛女』あらすじ
聡明で愛らしい妻との平凡な生活、出世の見込みも薄い冴えない自分――。そんな日々に嫌気がさしたNYの刑事ジャックは、FBIが保護するマフィアの裏切り者の情報をマフィアに横流しして、報酬を得る汚職に手を染めていた。ロシア人の殺し屋モナもそんなジャックの“カモ”の1人になるはずだったが、彼女がFBIの手を逃れたことから、ジャックはマフィアにモナを消すよう脅迫される……。
Index
『過去を逃れて』を下敷きにしたフィルムノワールの定型と逸脱
車の後部座席から、ヒールを履いた女の長い脚が運転席まで伸びてくる。それはまさに蜘蛛の脚のごとく、運転中の男を羽交い締めにして、彼の首をきつく絞める。すでに血まみれの男は悲鳴を上げ、失神間近の形相。その様子をどこか超然と目にしながら、サディスティックに高笑いする悪魔のような女――。
強烈で忘れがたい1993年製作のイギリス・アメリカ合作映画『蜘蛛女』(監督:ピーター・メダック)のことを想い出すと、まず何よりこのシーンが脳裏に浮かんでくる。フラッシュバックする過去のトラウマのような、かつて見た悪夢の感覚で。
本作はフィルムノワールというジャンルの定型――犯罪の周辺に生きる男が、ワケありの美女と出会い、後戻りのできない世界に踏み込んでいく――を踏まえつつも、そのコードから逸脱せんばかりのエキセントリックな演奏を展開した。見事な怪作と呼ぶべき値打ちモノで、未見の方には強くお薦めしたい。
『蜘蛛女』予告
物語は回想形式で語られる。冒頭シーン、荒野(のちに示唆されるが、どうやらアリゾナのようだ)にポツンと建つ小さなダイナーで店主の男(ゲイリー・オールドマン)が誰かを待ち続けている。今はジムと名乗っているが、本名はジャック・グリマルディ。彼は5年前のことを話し始める。自分のことを「ヤツ」と呼び、マヌケな男の哀れな顛末を――。
ジャック・グリマルディは以前、刑事だった。ニューヨーク市警に勤める叩き上げで、年収5万6,000ドルの万年巡査部長。ただしマフィアに情報を売って、得た大金を裏庭の地中に貯め込んでいる。いわゆる汚職刑事。もちろん危険な“バイト”のことは隠して、美しい妻のナタリー(アナベラ・シオラ)とは円満な生活を送り、裏では若いウェイトレス、愛人のシェリー(ジュリエット・ルイス)を囲っている。綱渡りでありながら、それなりに愉快な日々。現在のジャックは当時の自分(=ヤツ)のことを、ロマンティック・ガイ(夢多き男)だったと語る。
ちなみにこの導入部分で、本作がフィルムノワールの古典的名作『過去を逃れて』(1947年/監督:ジャック・ターナー)を下敷きにしていることがよくわかる。冒頭でロバート・ミッチャム演じる男ジェフは、カリフォルニア州の田舎町ブリッジポートでガソリンスタンドを営み、恋人と暮らしている。今は名前を変えて身を潜めているが、かつての彼はニューヨークの私立探偵だった。
ただし、また新たな運命に身を乗り出すジェフと違い、現在のジャックは独りぼっちの「終わった男」だ。毎年5月1日と、12月1日に、ある最愛の人と再会の約束を交わしているが、この寂寥の地には誰も訪ねてくる気配がない――。