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キャスリン・ビグロー監督作『ゼロ・ダーク・サーティ』にみる、ビン・ラーディン殺害までの「真実」

(c)Photofest / Getty Images

キャスリン・ビグロー監督作『ゼロ・ダーク・サーティ』にみる、ビン・ラーディン殺害までの「真実」

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要塞化された大邸宅



 タイトルの“ゼロ・ダーク・サーティ”とは、軍事用語で“午前0時30分”を指す言葉だ。ウサーマ・ビン・ラーディンは、パキスタン北部の地方都市アボッターバードにおいて数名の同胞らと潜伏生活を続けており、アメリカ海軍特殊部隊は2011年5月2日の午前0時30分にビン・ラーディン殺害を目的とする極秘作戦を決行。ビン・ラーディンの隠れ家を急襲し、彼を殺害した。潜伏先の隠れ家は、2005年頃に完成し、ビン・ラーディンは殺されるそのときまで、およそ6年間ここで過ごした。本作の美術チームは、『ハート・ロッカー』を撮影したヨルダンの地で、撮影用の実物大レプリカを建設。アボッターバードの本物の隠れ家を忠実に複製したという。


 アボッターバードは富裕層の多い地域で、周りは山々に囲まれており、街には豪邸が立ち並んでいる。さらに同市は、パキスタン軍の拠点としても知られており、市内には軍士官学校、軍事施設が多く設置されている。その関係で、市民の大半は退役軍人だそうだ。つまりビン・ラーディンは、軍のお膝元に邸宅を構えていたのだ。美術監督のジェレミー・ヒンドルは、隠れ家の航空写真を活用し、写真から隠れ家の寸法を測定、そして立体的な模型に起こし、建築用の図面を描いて、わずか3か月半で建築したという。



『ゼロ・ダーク・サーティ』(c)Photofest / Getty Images


 撮影用に複製された隠れ家には、出入りを容易にする可動式の壁などは作らず、セットはすべて本物通りに造られている。そのため、廊下などの限られたスペースに俳優、スタッフがすし詰め状態となり、撮影は困難を極めたそうだ。隠れ家はかなり大きく、周囲の塀は3メートルから一部は5メートル以上の高さで、塀の上には有刺鉄線までもが敷設されている。簡素な造りながらも外部の視線を完全に遮断しており、まさしく要塞のそれといった感じだ。


 室内の調度品、床のデザイン、そして経年劣化を再現するため古く見せる塗装を施すなど、細部に至るまで非常に忠実に再現されていることが分かる。隠れ家の写真は一般にも出回っているので、私たちもその高い再現度に驚かされることだろう。


 さらに本作の美術チームは邸宅のレプリカだけでなく、非公開のステルス・ヘリもできる限り再現したという。実際の作戦では最新鋭のステルス型ブラックホーク・ヘリが使用されたが、その全貌は公にされていない。機密情報のため資料の一切が手に入らないので、完全再現は不可能だった。


 しかし、である。出撃した2機のうち1機が揚力を失い墜落。隠れ家の敷地内に不時着するトラブルが起きた。そのため隊員たちは、機密保持の観点から墜落機を爆破解体するのだが、同機の尾翼部など一部の残骸はうまく爆破されず、無傷で残されたという。これら尾翼の写真などは世間一般に報道されており、その存在は広く知られている。美術チームは尾翼部分の写真を頼りに、全体の再現を試みたという。『ゼロ・ダーク・サーティ』の凄さは、そういった美術的な部分にも表れているのだ。



<参考>

映画『ゼロ・ダーク・サーティ』Blu-ray、映像特典



文: Hayato Otsuki

1993年5月生まれ、北海道札幌市出身。ライター、編集者。2016年にライター業をスタートし、現在はコラム、映画評などを様々なメディアに寄稿。作り手のメッセージを俯瞰的に読み取ることで、その作品本来の意図を鋭く分析、解説する。執筆媒体は「THE RIVER」「IGN Japan」「リアルサウンド映画部」など。得意分野はアクション、ファンタジー。



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