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『十二人の怒れる男』本当の民主主義を問う、“アメリカの良心”的作品

(C)2017 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc. All Rights Reserved. Distributed by Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.

『十二人の怒れる男』本当の民主主義を問う、“アメリカの良心”的作品

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テレビドラマの成功、そして映画化へ



 もともと『十二人の怒れる男』は、テレビドラマとして制作された作品だった。1948年より、CBSでは『Westinghouse Studio One』(スタジオ・ワン)という生放送の単発ドラマが放送されていて(当時はまだVTRが開発されておらず、生放送が基本だった)、そのエピソードの一つとして1954年9月に放送されたのが、『十二人の怒れる男』だったのである。


 主演は『逃走迷路』(42)で知られるロバート・カミングス、監督はのちに『猿の惑星』(68)を手がけることになるフランクリン・J・シャフナー。ドラマは好評を博し、プライムタイム・エミー賞において脚本賞、演出監督賞、最優秀男優賞を受賞する。


 このテレビドラマに感銘を受けたのが、ハリウッドを代表する名優ヘンリー・フォンダ。それまで映画の製作なんぞ一度もしたことのない彼だったが、作者のレジナルド・ローズと共同で映画をプロデュースすることを決意し、監督にシドニー・ルメットを指名する。



 シドニー・ルメットと言えば、『セルピコ』(73)、『オリエント急行殺人事件』(74)、『狼たちの午後』(75)などで知られる社会派の巨匠。当時はまだ劇場用映画の演出は未経験だったが、ヘンリー・フォンダはテレビでの豊富な実績と、決して予算とスケジュールを超過しない堅実な仕事ぶりを高く評価していた。


 大スターのヘンリー・フォンダが主演と製作を務める作品とはいえ、制作費は約35万ドルという低予算、撮影日数はわずか19日という強行スケジュール。陪審員室だけで繰り広げられる密室劇だからして、演技指導やカット割りなど演出家の力量も要求される。問題は山積みだが、シドニー・ルメットは33歳の若手監督とは思えない緻密な演出プランを張りめぐらせ、卓越した手腕を発揮するのだった。



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