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『地獄の黙示録 ファイナル・カット』戦場のカオスを描いた壮大なる叙事詩、新バージョン誕生の背景に迫る
コッポラ監督作、バージョン違いの数々
こうした新バージョンを生み出す『地獄の黙示録』への再アクセスは、作品の編集権がコッポラにあることから実現できるもので【注1】、彼は他にもさまざまな自作の別編集バージョンを世に送り出している。
特に知られているのは、自身の代表作ともいえる『ゴッドファーザー』(72)と続編『ゴッドファーザーPARTII』(74)を解体して時系列に並べ替え、未公開シーンを加えてテレビ放送した「ゴッドファーザー テレビ完全版」(ならびに放送コードに抵触する暴力シーンなどを補完した『ゴッドファーザー 1901-1959/特別完全版』)だろう。これはコッポラの初期作『雨のなかの女』(69)を編集したバリー・マルキンが担当したものだが、別バージョンを観られるということから新たな市場価値を生み出し、なによりこの再編集版は『地獄の黙示録』の製作資金の一部を稼ぎ出している。
また『地獄の黙示録』の次に製作された恋愛歌劇『ワン・フロム・ザ・ハート』(82)は、日本で公開されたものとアメリカで公開されたものでは編集が異なっており、上映時間も前者は107分、後者は101分と日本公開版が長い。
『ワン・フロム・ザ・ハート』予告
これは配給の複雑な事情によるもので、コッポラはコロンビア映画配給による公開の後、ゾエトロープ主導で限定上映をしており、そのつど再編集をおこなったようだ【注2】。さらに2003年、再編集とデジタル復元作業をほどこした『ザ・2003・レストレーション・オブ ワン・フロム・ザ・ハート(原題)』が発表され、同バージョンは上映時間が99分とさらに短くなっている。いずれもランニングタイムの長短のみならず、ショットによってはテイクさえも異なっており、『ワン・フロム・ザ・ハート』の各バージョン違いは、今もっとも追究を要するコッポラ作品かもしれない。
逆に『地獄の黙示録』同様に長尺化したものには、30年代ハーレムの伝説的ナイトクラブを題材にした『コットンクラブ』(84)のロングバージョン『コットンクラブ・アンコール(原題)』がある、再編集にあたって配給元であるMGMの協力を得られなかったコッポラは、50万ドルの自費を投入。128分あった本編を114分に縮め、そこへ25分の未公開シーンを足し、総計139分にしたものを2017年にテルライド映画祭で、そしてより精度を高めた完成版を2019年のニューヨーク映画祭で発表している(本作のレストレーション・スーパーバイザーは『地獄の黙示録 ファイナル・カット』と同じジェームズ・T・モッコスキが担当)。追加シーンは主にグレゴリー・ハインズ扮するダンサーのサンドマンに関連したものが多く、リチャード・ギア演じるトランペット演奏者のディキシーに重きを置いたオリジナルに比べ、役割が均等化された(これによって、作品はコッポラとウィリアム・ケネディの元の脚本に近づいたという)。
『コットンクラブ』予告
他にもこうした長尺化は、製作当時のヤングアダルトスターを総動員させた青春映画『アウトサイダー』(83)でも試行されている。同作はテスト試写の後、スタジオによってカットを余儀なくされ、コッポラはこれを元の望む形に再編集したのだ。『アウトサイダー コンプリート・ノヴェル(原題)」と呼称されたこの改変版はDVDで披露され、約22分に及ぶシーン拡張によって、劇中におけるいくつかの状況がより詳細になっている。
ちなみに『地獄の黙示録』も米DVDリリース時に改変がほどこされたことがある。もっともランニングタイムではなく、画面のアスペクト比が2.35:1のスコープサイズから、2.0:1へとリフレームされたものが収録されたのだ。
これは撮影監督のヴィットリオ・ストラーロが、16:9のHDワイドスクリーンテレビに映画のアスペクト比に適合させる独自のフレームを推奨したことに起因するもので、ストラーロはこれを「ユニビジョン」と呼称し、自分が撮影を担当した作品のテレビ放映やパッケージソフトのリリース時に、すべてのアスペクト比を2.0:1にしたのだ。当然コッポラの承認を得ての仕様だったが、こうしたストラーロのアプローチに「改悪だ」と唱えるオリジナル尊重派の声もあり、現在はソフト化や放送、配信に際して劇場公開時のアスペクト比に戻されている。
『地獄の黙示録』(c)2019 ZOETROPE CORP. ALL RIGHTS RESERVED.
とはいえ今回の『ファイナル・カット』のベースとなった『特別完全版』の製作は、同作のディストリビューターであるライオンズゲートがDVDリリース用にとコッポラに声がけしたのがきっかけとなっている。なので本作に関して、ホームシアター由来の改変を一様に悪くは言えないのである。
【注0】オリジナル劇場公開版には35mmプリントと、エンドクレジットのない70mmプリントが存在するが、本稿では別バージョンとして数えない。
【注1】コッポラが作品編集権を自身のもとに置いたのは、ゾエトロープの設立目的と同じく作家主義への尊重からくるものだ。しかし詳述は今回のコラムの枠では手狭なので、別の機会に譲りたい。
【注2】このように別編集バージョンを短期間で用意できる背景には、コッポラの提唱する「エレクトロニック・シネマ」構想があるのだが、【注1】と同じで詳述は別の機に。知りたい方はこちらの拙稿を参照にしてほしい。
<出典>
(*1)https://www.vanityfair.com/hollywood/2019/08/apocalypse-now-final-cut-francis-ford-coppola-interview
(*2)(*5)地獄の黙示録 3Discコレクターズ・エディション (初回生産限定) Blu-ray(ジェネオン・ユニバーサル)映像特典「ジョン・ミリアスのインタビュー」より
(*3)「映画もまた編集である ウォルター・マーチとの対話」マイケル・オンダーチェ 吉田俊太郎・訳(みすず書房)
(*4)Steven Travers“Coppola's Monster Film: The Making of Apocalypse Now”McFarland & Company (2016)
映画評論家&ライター。主な執筆先は紙媒体に「フィギュア王」「チャンピオンRED」「映画秘宝」「熱風」、Webメディアに「映画.com」「ザ・シネマ」などがある。加えて劇場用パンフレットや映画ムック本、DVD&Blu-rayソフトのブックレットにも解説・論考を数多く寄稿。また“ドリー・尾崎”の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、TVやトークイベントにも出没。Twitter: @dolly_ozaki
『地獄の黙示録 ファイナル・カット』
2020年2月28日(金)より、全国IMAX(R)にて期間限定上映
配給:KADOKAWA
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