2020.05.21
ジャッキー映画を支える独創的な編集スタイル
ラストの7分あまりのアクションシーンは、営業中のショッピングモールを深夜だけ借り切って撮影、およそ2か月を要したという。
ここでのアクションは、それまでのジャッキー映画の中でもことさらシリアスな「痛さ」を強調している。その要因の一つは「ガラス」だ。ジャッキーは、ガラスを大胆に破壊するアクションを思いつくと、それをこの7分のアクションシーンにこれでもかと詰め込んだ。あらゆるアクションでガラスを割るので、現場のスタッフの間で「これは『ポリス・ストーリー』ではなく『ガラス・ストーリー』だ!」というジョークが流行ったほどだったという。
さらに、このシーンを見て感心させられるのは、ジャッキーの編集の上手さである(ジャッキーはフィルムの扱いにも精通しており、編集マンを介さなくても自らフィルム編集ができる)。
ワイドレンズで全身を見せ、ワンカットで手数の多いアクションを見せるのがジャッキー映画の醍醐味と思われがちだが(もちろんその側面もある)、実はジャッキーはアクションを巧妙に編集することで、手数の多いアクションに、さらにテンポとパワー感を出すことを常に心がけている。
『ポリス・ストーリー/香港国際警察』(C) 1993, 2004 STAR TV Filmed Entertainment (HK) Limited & STAR TV Filmed Entertainment Limited. All Rights Reserved.
例えばジャッキーの編集は、パンチが体にあたる寸前にカットを割り、次のカットでは、少し動作が前に戻り、パンチがまたくりだされる。「反復」、「ダブルアクション」などとよばれる編集手法で、下手をするとダサく見えるのだが、ジャッキーは絶妙なタイミングでカットを割ることで動作に勢いを付加し、一つひとつのアクションシーンの完成度を高めている。
その一方でジャッキーは編集の禁じ手も平気で使ってしまう。20メートルはあろうかという金属製のポールを滑りおりる大スタント(このスタントで彼は骨盤を脱臼)では、滑りおりるアクションをまるごと何度もリフレインで見せてしまうのだ(『プロジェクトA』の有名な時計台からの落下スタントでも同様の編集をしている)。
これは劇映画でまず見ることができない編集法で、ゴダールが『勝手にしやがれ』(59)で試み、映画史に刻まれた「ジャンプカット」のインパクトに匹敵するのではないか(…と筆者は勝手に思っている)。
そして映画の最期でNGシーンを見せてしまうというお馴染みのサービスも、ジャッキー以外、決して誰もやらない禁じ手の構成・編集だろう。リアルさを追求し、作り上げた劇映画を、最後になってなぜぶち壊してしまうような真似をするのか?
もちろん全ては観客へのサービスなのだろう。しかしジャッキー映画は一歩引いてみてみると、多分に脱構築的で、我々の映画への常識にゆさぶりをかける挑戦的な要素も多く見られるのである。
ジャッキーは「すごい、アクションができる人」という単純な映画スターではない。
アクション、スタント、ギャグ、ストーリー、そして編集など、様々な要素を、時に力技でまとめながら娯楽映画を練り上げる職人であり、映画の禁じ手にも果敢に挑む唯一無二の映画作家だ。そんな彼の挑戦の、最も幸福な結節点が『ポリス・ストーリー/香港国際警察』なのである。
文:稲垣哲也
TVディレクター。マンガや映画のクリエイターの妄執を描くドキュメンタリー企画の実現が個人的テーマ。過去に演出した番組には『劇画ゴッドファーザー マンガに革命を起こした男』(WOWOW)『たけし誕生 オイラの師匠と浅草』(NHK)『師弟物語~人生を変えた出会い~【田中将大×野村克也】』(NHK BSプレミアム)。
『ポリス・ストーリー/香港国際警察』
Blu-ray: 2,838円+税/DVD: 1,429 円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
(C) 1993, 2004 STAR TV Filmed Entertainment (HK) Limited & STAR TV Filmed Entertainment Limited. All Rights Reserved.
※ 2020年5月の情報です。
(c)Photofest / Getty Images