近代戦争における騎馬隊の運用
有史以来、最大規模の死傷者を出した第一次世界大戦。本作『戦火の馬』は、青年アルバートと駿馬ジョーイの友情を描いたブロマンス的作品だが、第一次大戦の混沌を描いた戦争映画としても高く評価できる作品である。
映画序盤では、前述の通り、ナラコット家の困窮ぶりとジョーイの精神力を活写し、見事なプロローグを演出。雄大な丘陵地帯に広がるイギリスの農村を映し出し、畏敬の念を感じさせる圧倒的な映像美で観客を魅了する。荒野を耕し、ナラコット家の窮地を救ったジョーイだったが、戦争への足音は刻一刻と近づきつつあった
第一次世界大戦時のイギリスでは、およそ100万頭を超える軍用馬が徴用された。軍馬といえば人間を乗せて戦う騎馬隊が想像されるが、多くの軍馬は大砲の牽引、物資の輸送など、裏方的な機動力として重宝したそうだ。
『戦火の馬』(c)Photofest / Getty Images
大戦中の多くの軍馬は、元々はイギリスの農家などで家畜として飼われていたものだ。映画の中のジョーイも開戦と同時に軍に徴用され、騎馬隊として第一次大戦の戦火に巻き込まれてゆく。日本で騎馬隊といえば、戦国時代の武田騎馬軍団が有名であり、現在の感覚では少々古さを感じる存在だが、中近東ではいまも重要な戦力として機能しているようだ。
そうとはいえ、騎馬隊が花形的なポジションを得ていた最後の戦争といえば、やはり第一次世界大戦、ということになるのだろう。第二次世界大戦ではイタリア軍のサヴォイア騎兵連隊が知られているが、この頃には、戦車や戦闘機といった文明の利器が主力となり、騎馬隊の重要性はすでに薄れていた。
しかし前述の通り中近東ではいまも現役だそうで、2001年のアフガニスタン紛争の際には、グリーンベレーの隊員たちが軍馬に騎乗し、行動したとする記録がある。この逸話は、米記者ダン・スタントン著のノンフィクション小説「ホース・ソルジャー」(早川書房刊)の中で綴られている。また同書は、ジェリー・ブラッカイマー製作で映画化もされているので、ぜひ参照してほしい。
さて、軍馬となったジョーイはというと、アルバートのもとを離れて、イギリス軍のニコルズ大尉(トム・ヒドルストン)の手に渡る。さらにそこから、ドイツ軍の兄弟、フランス人の少女、そしてドイツ軍砲兵のもとを転々とし、戦争の中で逞しく生きる多くの人間を、極めて豊かな表現で描き出している。
ジョーイと接する人々からは、人間本来の良心と優しさが垣間見える。そしてジョーイもまた、戦場で出会った多くの人々と、その場その場の束の間を共有し、ただ従順に戦場を駆ける。馬と人間の関係性をここまで真摯に描いた作品も珍しい。この映画を超える友情物語はそうそう生まれそうにない。
1993年5月生まれ、北海道札幌市出身。ライター、編集者。2016年にライター業をスタートし、現在はコラム、映画評などを様々なメディアに寄稿。作り手のメッセージを俯瞰的に読み取ることで、その作品本来の意図を鋭く分析、解説する。執筆媒体は「THE RIVER」「IGN Japan」「リアルサウンド映画部」など。得意分野はアクション、ファンタジー。
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