『アンタッチャブル』のマジック
無名のケヴィン・コスナー、大物俳優であるロバート・デ・ニーロ、ベテラン俳優であるショーン・コネリー。彼らの関係は、奇しくもそのまま映画の中の人物相関に当てはめることができる。世間の誰もが知るマフィアのボスと、彼を捕らえようとする無名の捜査官。その捜査官に、人生で学んできたノウハウを伝授するベテランの警官。その均衡が、映画に“マジック”のような相乗効果もたらしていることは間違いない。
“映画のマジック”という意味では、もうひとつ意外なエピソードがある。『アンタッチャブル』の名場面といえば、シカゴのユニオンステーションを舞台に乳母車が階段を落ちてゆくという銃撃場面だろう。この場面は、セルゲイ・エイゼンシュテインの『戦艦ポチョムキン』(25)におけるオデッサの階段場面を引用・模倣したことでも知られている。実は、予算の都合で汽車を使った撮影が急遽出来なくなったことから考案されたアイディアだった。
『アンタッチャブル』予告
当初の脚本には、停車中の汽車で銃撃戦が行われる(このシークエンスの一部は、『カリートの道』(87)に転用されている!)ことが記述されている。しかし、1930年代に使用されていた列車を使用する予算が、この映画にはなかったのだ。現在ならグリーンバックの前で俳優が演技をし、汽車はCGで表現されていたであろう。
通常のスピードで撮影された映像とハイスピードで撮影された映像を組み合わせ、狭い階段の上下を駆使しながら、多角的で複合的な視点のショットが連なるという複雑なカット割り。『アンタッチャブル』といえば階段場面というほどの緻密に練られた名場面だが、実は偶然の産物だったのだ。
ちなみに、この場面で乳母車に乗っている赤ちゃんは、スタンドコーディネーターを務めたゲイリー・ハイムズの息子コリン。生まれたばかりの時からスタントを担当していたということになる彼は、現在も『キャプテン・マーベル』(19)や『ターミネーター:新起動/ジェニシス』(15)など、多くのハリウッド作品でスタントドライバーとして活動している。
時代を経て、買収や不正がまかり通るような社会になってしまった昨今、「アンタッチャブル」=「Untouchables」=「誰も手出し出来ない」=「(マフィアや政治家が)買収できない者たち」という意味を持つこの映画は、自戒のためにも今考えるべき正義を描いた映画だと言えるだろう。
エリオット・ネスがスカウトする『アンタッチャブル』の仲間たち。本来彼らには、バックグラウンド的な共通点が存在しない。しかし、社会的地位や階級、宗教や人種など、社会のメインストリームの中では、ある種の<負>を背負った者だという共通項を持っている。
買収や不正がまかり通るような社会に対してあえて反旗を翻し、意を共にする者同士が仲間となって、不可能とも思えるカポネ逮捕に対して背水の陣で向かってゆく。振り返ってみれば、彼らの姿と同じように、当時のブライアン・デ・パルマ、ケヴィン・コスナー、ショーン・コネリーの三人にとって『アンタッチャブル』は、背水の陣としてキャリアの再起をかけた作品だったのである。
【出典】
・『アンタッチャブル』(87)Blu-ray 映像特典
・『デ・パルマ』(15)
・『アンタッチャブル』劇場パンフレット
・Daily Record 2008年9月27日
https://www.dailyrecord.co.uk/entertainment/celebrity/sir-roger-moore-reveals-the-highs-991827
文:松崎健夫
映画評論家 東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『ぷらすと』『japanぐる〜ヴ』などテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』、『ELLE』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。現在、キネマ旬報ベスト・テン選考委員、ELLEシネマ大賞、田辺・弁慶映画祭、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門の審査員を務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。
『アンタッチャブル』
Blu-ray: 1,886 円+税/DVD: 1,429 円+税
発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント
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※ 2020年7月の情報です。
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