※本記事は物語の核心に触れているため、映画をご覧になってから読むことをお勧めします。
『ミッドナイトクロス』あらすじ
風の音の収録に出かけたB級映画専門の効果マン。その効果音の収録中に自動車事故を目撃した。効果マンは川に落ちた自動車からサリーという若い女性を救助するが、この事故は背後に政治がからんでいた。自動車に同乗していた死亡者は次期大統領候補で、収録中のテープにはこの事故が殺人事件であることを示す証拠が残っていた。やがてサリーの正体も明らかになり真相を究明しようと奔走するがーー。
Index
ヒッチコックから学んだ視覚的アプローチ
1981年、当時40歳のブライアン・デ・パルマが、故郷フィラデルフィアで手がけたサスペンス『ミッドナイトクロス』は、彼の作品のなかでも偉大で重要な傑作である。公開当時、アメリカの映画評論家ポーリン・ケイルやロジャー・エバートなどは称賛したものの、その暗く破滅的なエンディングのために観客からの支持はあまり得られなかった。
興行的には敗北したが、後年、クエンティン・タランティーノがオールタイムベストの一本だと表明する──彼は本作の主演ジョン・トラボルタを『パルプ・フィクション』(94)に起用した──など熱心な擁護者を集め、いまではカルト映画の名作として地位を確立している(日本でもRhymester宇多丸がオールタイムベストの一本に挙げている)。2018年秋にはシネマート新宿の特集上映「のむらコレクション」で限定上映され、多くの日本のファンが駆けつけたことも記憶に新しい。
『ミッドナイトクロス』予告
デ・パルマは、『ファントム・オブ・パラダイス』(74)や『スカーフェイス』(83)などで知られる巨匠であり、ギレルモ・デル・トロやエドガー・ライト、ウェス・アンダーソンらのお気に入りのフィルムメイカーだが、盟友のスティーブン・スピルバーグやマーティン・スコセッシ、フランシス・フォード・コッポラらと比べると、まだまだ評価の低い監督と言えるかもしれない。
その理由のひとつに、彼がサスペンスの名匠アルフレッド・ヒッチコックの模倣だと過小評価され続けてきたことが挙げられる。彼自身しばらくの間、ヒッチコックと比較されることを嫌い、自作への影響について明かすことに対して固い守りを保持してきた。しかし、『イカとクジラ』(05)『フランシス・ハ』(12)のノア・バームバックと『マッド・ガンズ』(14)のジェイク・パルトローが、2015年に制作したドキュメンタリー『デ・パルマ』(15)では、その態度に変化を見せている。
バームバックも、視覚的なアプローチで物語るデ・パルマの古くからのファンだったが、96年にポール・シュレイダーの誕生会で彼と会って以来、20年以上にわたる友人関係を築いてきた。だからこそ『デ・パルマ』のなかで、友人であるバームバックとパルトローにデ・パルマが心を開き、あたかもフランソワ・トリュフォーの前でヒッチコックが語ったように、製作の舞台裏、そしてヒッチコックへの愛を率直につまびらかにしている。
『デ・パルマ』予告
「ヒッチコックに影響を受けた者は大勢いるが、ヒッチコック主義を追随しているのは私だけだ。彼が編み出した視覚的に物語を語る手法は、彼とともに死んだ。私はヒッチコックが開拓したものを実践しつつ、独自のスタイルに組み込んでいる。新しい形にしているんだ」。デ・パルマはヒッチコックから学んだサスペンスのテクニックを視覚的な言語にしながら、スプリット・スクリーンや360度の円を描くドリー・ショット、スローモーションなどのデバイスを盛り込んで独自の美学と官能性を獲得した。スリラーの形式に美的な革新をもたらしたのだ。