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『レスラー』主人公ランディ=ミッキー・ロークをそのまま切り撮る、鬼才・アロノフスキー監督によるセミドキュメンタリー映画への挑戦

『レスラー』主人公ランディ=ミッキー・ロークをそのまま切り撮る、鬼才・アロノフスキー監督によるセミドキュメンタリー映画への挑戦

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ダルデンヌ兄弟に倣う、「断罪しない視点」



 トレーラーハウスで一人寂しく過ごすランディ(ミッキー・ローク)は、現役のプロレスラー。しかし中年の彼は満身創痍で、長年のステロイドの服用が原因で心臓発作を起こしてしまい、医者には試合出場を止められてしまう。一度は引退しようとするが、リング外では何もできないダメ男のランディ。仕事も家族関係も全て上手くいかない。彼はリングでしか生きていけないのだ。死を覚悟して、復帰戦に臨むランディだったが…。


 一見華やかに見えるが、実は社会的弱者である主人公の痛みを、きちんと観客に伝えること。それこそが本作のテーマだった。それが伝わらないとカタルシスは訪れない。この実現に向けて、アロノフスキー監督は本作のルックを決めていた。セミドキュメンタリースタイルである。


 全てが本当にあるかのように長回しで撮影する。監督が今まで用いてきた過剰なカメラワークや照明、美術、編集などは封印し、ランディたちが本当に生きているかのように描こうとした。



 そのため、今まで全く接点の無かった一人のカメラマンに打診をする。マリス・アルベルティ、ベテランの女性カメラマンである。アメリカの映画界をベースに活躍する女性カメラマンは非常に少ない。また、彼女は映画学校には通わず、ポルノ映画のスチルカメラマンを経てから、映画界でムービーカメラマンとしてデビューしたという、大変珍しい経歴の持ち主だ。劇映画と並行してドキュメンタリー映画のカメラマンも精力的に手がけ、その経歴を買われて、トッド・ヘインズ監督の『ポイズン』(91)、『ベルベット・ゴールドマイン』(98)を担当していた。


 ドキュメンタリーとフィクションを同等に理解できるカメラマンを求め、アロノフスキー監督がアルベルティに打診してみたところ、とてもスムーズにプロジェクトは始まったという。


 二人が参考にしたのは、ダルデンヌ兄弟の作品だった。「社会から置き去りにされた見えざる人々」をテーマに、セミドミュメンタリースタイルで映画を撮り続ける巨匠だ。『ロゼッタ』(99)、『ある子供』(05)で、カンヌ国際映画祭パルムドールを2度受賞し、『息子のまなざし』(02)、『ロルナの祈り』(08)、『少年と自転車』(11)を含め、カンヌ国際映画祭史上初の5作品連続主要部門受賞を成し遂げている。




 その影響からか、本作の撮影現場にはストーリーボードも照明も無く、16mmフィルムカメラをカメラマンが担ぎ、役者の即興演技を追い続けるスタイルが取られた。結果的にこの方法は、予算削減につながった。しかし、一般的な映画演出を用いないこの撮影は、よほど優れた脚本、俳優の演技、編集が揃わないと、駄作となってしまう危険性がある。それでもなおこの方法にこだわったのは、長回しで主人公に寄り添い、彼の心象と環境描写に固執したかったからだろう。


 ダルデンヌ兄弟が評価され続けている理由の一つに、「断罪しない視点」というものがある。社会的弱者を描く際に、善悪や自業自得などの価値基準で世界を単純化せず、ありのままを映し出すという視点だ。本作でもそれは踏襲されている。


 プロレスという見世物小屋的な特殊装置をありのまま描き、主人公ランディ、ひいてはミッキー・ロークという人間の生き様をさらけ出すことにより、物語を完結させることに成功しているのだ。



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