2020.07.16
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歌詞が主人公を駆動する、類まれな青春映画
1987年、イギリス南部の地方都市に暮らす少年ジャベドは、友人のすすめで、初めてブルース・スプリングスティーンを聞く。雷に打たれた様な衝撃。裕福とは言えないパキスタン移民の子であるジャベドはスプリングスティーンの歌詞によって心に閉じ込めていた思いを開放し、父や社会が押し付ける価値観に染まらない人生を選びとっていく。
原題は『BLINDED BY THE LIGHT』。アメリカの伝説的ロックシンガー、ブルース・スプリングスティーンのデビュー作、「アズベリー・パークからの挨拶」(73)収録の「光で目もくらみ(BLINDED BY THE LIGHT)」をそのままタイトルにしている。スプリングスティーンは、地方都市の鬱屈した人々、社会の片隅に追いやられた人間の哀切を歌詞に込める。そんな彼の歌詞が、1人の少年の人生を揺さぶり、やがては周囲の人間をも変えていく成長譚は、気恥ずかしいほどに瑞々しく、青春映画として端正で高いクオリティーを備えている。
地方都市に住む冴えない少年のビルドゥングスロマンというなら、過去にも優れた作品は数多あるが、本作はそんな先行作品群からも頭一つ抜けだしている。その理由は、ひとえにスプリングスティーンの歌詞を前面に押し出した演出であり、それが見事にテーマと連動しているからだろう。
随所で流れるスプリングスティーンの楽曲の歌詞が、主人公ジャベドの気持ちとシンクロしながら物語を加速させ、観客を主人公の内面へと誘っていく。これは、音楽をテーマにした映画では、よくある手法と言えるが、本作では、そこに今までなかった演出を盛り込むことで、鮮烈な印象を与えることに成功している。