(C)2008 OFF THE TOP ROPE, INC. AND WILD BUNCH.
『レスラー』主人公ランディ=ミッキー・ロークをそのまま切り撮る、鬼才・アロノフスキー監督によるセミドキュメンタリー映画への挑戦
もしもミッキー・ロークがいなかったら…
ボロボロのプロレスラー、ランディの役は、一体誰だったら成立するのだろうか。普通の俳優が演じられる役柄なのだろうか。描くべきはリング内というよりも、リング外の痛切な姿。アクション俳優では表現力が足りないだろう。また、プロレスラーという存在自体が立派な一人の「演者」だ。「アスリートでありながら演者」を俳優が演じる。これもまた複雑だ。リアリティの置きどころが非常に難しくなってくる。過去、これといったプロレス映画が存在してこなかった理由がよくわかる。物語は成立しても適切な演者がいないと、映画は成立しないのである。
そこに現れたのがミッキー・ロークだった。セクシー系俳優として一世を風靡し、アクターズスタジオ仕込みの演技力で名作に出演するものの、何を勘違いしたのか俳優を引退してボクサーデビュー。試合で負った顔面の傷を治していくうちに整形手術にハマり、気づけば昔の面影は全く無くなってしまう。誰もが違和感しか感じない、堕ちた整形セレブ。私生活でも愛する女性とは長続きせず、猫と過ごす日々。まさに、このミッキー・ロークの見世物的人生が、ランディの生き様と妙にシンクロしてしまうのである。
『レスラー』(C)2008 OFF THE TOP ROPE, INC. AND WILD BUNCH.
こういう独特の“ズレ方”をした役者は、それまでハリウッドにはなかなかいなかった。しかしハリウッドというところは、本人のやる気と人望さえあれば、一度堕ちた俳優でも復帰するチャンスがある不思議な場所なのだ。ロバート・ダウニー・Jr.も然りだろう。
かくして、監督の熱いラブコールに本気で応え、覚悟を持って肉体改造に励んだミッキー・ロークは、驚くほどのリアリティと存在感を持って、本作品の世界に佇むことに成功する。
アカデミー主演男優賞にまでノミネートされた本作は、ミッキー・ロークの完全なる復帰作となった。見た目はかなりゴツくなってしまったミッキー・ロークだが、『ランブルフィッシュ』(83)、『イヤー・オブ・ザ・ドラゴン』(85)、『エンゼル・ハート』(87)の頃の本質的なナイーブさは失われていないような気がする。製作者も観客もその点を見過ごさず、支持しているのだろう。本作の後もコンスタントに映画に出演し続け、話題を振りまいている。アクション映画も良いが、老人になっても良質なドラマに出ていて欲しい。そう思える、数少ない役者の一人ではないだろうか。
ちなみに、映画会社側はランディ役にニコラス・ケイジを推していたらしい。それはそれで見てみたい気もする。きっとトンデモ映画になったのではないだろうか。
文:江口航治
映像プロデューサー。広告を主軸に、メディアにこだわらず幅広く活動中。カンヌはじめ国内外広告賞多数受賞し、深田晃司監督『海を駆ける』(18)やSXSWへのVR出展など、様々な制作経験を経たプロデューサーならではの視点で寄稿してます。
『レスラー』
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価格:1,200円 (税抜)
発売元:日活株式会社 販売元:株式会社ハピネット
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