2020.08.17
実際の道のりを映し出す、ドキュメンタリータッチの画作り
この作品の最も着眼すべきところは、実際のアルヴィンが旅した道のりをそのまま忠実に撮影している点である。脚本のジョンとメアリーは事前にその道のりをたどり、アルヴィンの旅路を実際に体験したそうだ。
撮影の段階に入ると、アルヴィンが実際にたどった道のり通りに撮影が敢行された。まずは、アイオワ州ローレンスから撮影を開始し、兄ライルの暮らすウィスコンシン州マウント・ザイオンまでの途方もない道のりを、かなり忠実に切り取っている。リンチ自身も撮影の下見でこの地を訪れた際に、車を実際の芝刈り機と同等の速度でゆっくりと走らせ、アルヴィンの見た景色、雰囲気をその目と体で体感した。
ロケーションへの強いこだわりは、脚本初期の段階から垣間見えてくる。これほどまでに忠実で、誠意ある映画製作は、デヴィッド・リンチの映画製作に対する意志の表れなのだろう。
そして、忠実なのはロケ地だけでなく、登場する人物も大部分を実話通りに再現しているという。坂道で芝刈り機が故障した際にアルヴィンを泊めた一家も実在するらしく、脚本のふたりはその一家にも話を聞き、できる限り多くの資料をかき集め、下調べを徹底した。
『ストレイト・ストーリー』(c)1999 STUDIOCANAL
本作の撮影を担当したのは、リンチとは『デューン/砂の惑星』(84)以来のタッグとなる名匠フレディ・フランシス。アメリカ中西部の農村地帯を活き活きとしたカットで撮影し、緑豊かな丘陵の景色を見事な映像美で映し出している。どこを切り取っても絵画のようで、心が浄化させられる。正統派で、堂々とした撮影技法は、まさに世界有数のカメラマンたる妙技だ。
さらに、ほとんどのシーンを野外で撮影しているだけあって、自然光を多用したドキュメンタリータッチの色彩が、心を温めてくれる。また、なによりもリチャード・ファーンズワースの屈託なき演技が、物語をより説得性あるものへと昇華させている。
スタントマンから俳優に転身した名優リチャードは、本作での演技が高く評価され、アカデミー主演男優賞にノミネート。しかし公開の翌年、癌を苦に自殺。本作が遺作となった。本作の撮影の段階で、すでにリチャードは末期の癌に侵されていたそうだが、持ち前のカウボーイ精神で最後まで仕事をやりきった。この映画は俳優リチャード・ファーンズワースにとっても、人生を振り返る大きな旅となったに違いない。
<参考>
「映画作家が自身を語る デイヴィッド・リンチ 改訂増補版」(フィルムアート社)クリス・ロドリー(著)/廣木明子・菊池淳子(訳)
1993年5月生まれ、北海道札幌市出身。ライター、編集者。2016年にライター業をスタートし、現在はコラム、映画評などを様々なメディアに寄稿。作り手のメッセージを俯瞰的に読み取ることで、その作品本来の意図を鋭く分析、解説する。執筆媒体は「THE RIVER」「IGN Japan」「リアルサウンド映画部」など。得意分野はアクション、ファンタジー。
『ストレイト・ストーリー』
発売元:アイ・ヴィー・シー
価格¥3,800+税