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『ストレイト・ストーリー』非凡のシュルレアリストが描く、世俗的題材への挑戦と達成

(c)1999 STUDIOCANAL

『ストレイト・ストーリー』非凡のシュルレアリストが描く、世俗的題材への挑戦と達成

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カルトの帝王が“非カルト作品”に挑んだ理由



 兄ライルの暮らすウィスコンシン州マウント・ザイオンまでの未知の旅。その長旅の相棒は、ディア・アンド・カンパニー社製の乗用芝刈り機だけ。73歳という高齢ながらもアルヴィンがこの無謀とも思える旅を決意した理由はなにか。はじめこそ、兄との和解が一番の目的だったに違いないが、旅の途中で出会う人々との交流を通じて、次第に、アルヴィンの旅路には、別の目的も芽生えはじめる。それは、自分自身の人生を俯瞰し、自分自身の人生を振り返る、という目的だ。


 家出少女との邂逅、青年たちとの出会い、そして、アルヴィンと同じく戦争を生き抜いた元軍人との遭遇。兄との和解を目指して旅を続ける中で、思いがけない出会いが起きる。


 「これは、愛すること、許すこと、そしてそうした人の心の動きをシンプルに描いた映画だ」とは、デヴィッド・リンチの弁だが、確かに、この言葉には、本作の魅力のすべてが濃縮されている。こんなハートウォーミングな物語を、奇才デヴィッド・リンチが手がけているなんて、誰が想像するだろうか。



『ストレイト・ストーリー』(c)1999 STUDIOCANAL


 なぜ、これほどまでに真っ直ぐで無垢な作品を製作することになったのか。それは、まずひとつに、リンチが脚本の執筆に携わっていない点が大きい。リンチが監督する映画の場合、リンチ自身が単独脚本、または共同脚本している場合がほとんどで、脚本には必ずといっていいほどリンチの名前がクレジットされる。しかし、『ストレイト・ストーリー』の脚本としてクレジットされている人物はふたり。そのうちのひとりは、リンチの長年の製作パートナーであるメアリー・スウィーニーそのひとだ。言い換えれば、デヴィッド・リンチは“雇われ監督”という立場で、この作品に招聘された、というわけだ。


 しかし、である。作家性の強いデヴィッド・リンチのことだから、物語に興味や魅力を感じなければ、易々と仕事を断るはずだ。つまり、アルヴィンの旅物語には、リンチの食指を動かす大きな魅力があったに違いない。


 脚本から滲み出る、愚直で一途で詩的な感情。リンチが惚れ込んだのは、そういう純粋な部分はもちろんだが、それらとは別に、自身が今までに挑戦してこなかった題材――リンチの作品としては極めて実験的な題材――だったことがリンチの好奇心をそそった最大の理由かもしれない。



『ストレイト・ストーリー』(c)1999 STUDIOCANAL


 メビウスの帯のようにうねりながらループしている『ロスト・ハイウェイ』(97)の複雑な物語とはまるで対照的に、誰もが理解し共感し得る物語は、リンチにとって新鮮味ある題材だったのだろう。そもそも、デヴィッド・リンチという映画人は、カルト的な分野に傾倒している奇人と思われがちだが、リンチを知る人々はみな口を揃えるように、彼のことを“ノーマル”だという。


 『エレファント・マン』(80)の製作総指揮を務めたスチュアート・コーンフェルドの言葉を借りるとすれば、リンチは“火星からやってきたジェームズ・ステュアート”なのである。つまり、“地球とは違う別の惑星から来た誠実な男”、それがデヴィット・リンチという人物の正体だ。そう考えれば、彼が『ストレイト・ストーリー』を監督した事実もすっと受け入れることができる。


 デヴィッド・リンチは奇人でも変人でもなく、ただの“誠実な男”だということが、この作品から紐解かれるわけだ。



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