『ロスト・イン・トランスレーション』の変奏
思い返してみれば、これまでソフィア・コッポラは、美しく若き女性たちの寄る辺ない不安と孤独を、ポートレイト的素描でスクリーンに現出してきた。『ロスト・イン・トランスレーション』(03)のシャーロット(スカーレット・ヨハンソン)、『マリー・アントワネット』(06)のマリー・アントワネット(キルスティン・ダンスト)、『SOMEWHERE』(10)のクレオ(エル・ファニング)。
彼女たちは、「自分は何ものなのか」というティーンエイジャー永遠の疑問を自問自答し続け、深淵へと沈んでいった。普通ならインナー・ワールド全開のダークサイド・ムービーに陥りそうなところを、映画界最強のオサレ番長ソフィアは、ハイセンスなファッション、小道具、音楽たちを従えて、キラキラするようなガーリー・ムービーに仕立て上げてしまう。カワイイ女の子の自意識問題は、それ自体がポップに成り得るのだ。
『ロスト・イン・トランスレーション』予告
そんな若き女性たちの代弁者だったはずのソフィア・コッポラが、『オン・ザ・ロック』で初めて等身大の中年女性を描く。愛する夫がいて、愛する子供たちがいる。母親として毎日忙しく過ごしているが、できれば仕事もきちんとこなしたい。将来どうなるのか、自分は何ものなのか、自問自答する毎日…って、話が今までと一緒やん!
そう、世代は違えど主人公が抱える悩みは同じ。特に『ロスト・イン・トランスレーション』のシャーロットと、『オン・ザ・ロック』のローラはほぼ同一人物といっていいだろう。二人とも、多忙を極めるセレブ夫の影で孤独を深める妻である。ソフィア・コッポラが『ロスト・イン・トランスレーション』の脚本を用いてワークショップを開いたとき、シャーロット役を演じていたのは、学生時代のラシダ・ジョーンズだったのだ。
そして、シャーロットとローラの精神的危機に手を差し伸べるのは、どちらもビル・マーレイなのである。