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ソフィア・コッポラが見た「東京」の表情『ロスト・イン・トランスレーション』

ソフィア・コッポラが見た「東京」の表情『ロスト・イン・トランスレーション』

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ソフィア・コッポラの実体験を映画に


 のっけから映像業界にしか通じないネタで恐縮だが、映像製作会社の老舗・東北新社の関連会社にあたるオムニバス・ジャパンの試写室は「Sofia」と名付けられ、ドアにはソフィア・コッポラのサインが記されている。東北新社はソフィアの全作品を配給し、近作は共同製作も行っていることも関係しているのだろうが、これに限らずソフィアは幼少期、父の仕事について来日することも多く、日本と縁が深い。

 彼女の父はフランシス・フォード・コッポラ。言わずと知られた『ゴッドファーザー』シリーズ(72~90年)、『地獄の黙示録』(79年)などの巨匠監督である。今では父の名を付け加えなくとも、映画監督として独自の道を歩むようになったソフィアだが、彼女の名前が最初に世に知られた時は、親の七光でしかなかった。『ゴッドファーザーPARTⅢ』(90年)で、アル・パチーノの娘という大役に演技経験もないまま抜擢されたものの、1991年の第11回ゴールデンラズベリー賞でワースト新人賞、ワースト助演女優賞の2冠を達成し、俳優の素質なしという烙印をいきなり押されてしまった。

 数年後、映画とは別の場所で彼女の名前が注目されるようになる。ソニック・ユースのメンバー、キム・ゴードンが友人と立ち上げたブランド、X-girlにプロデューサーで参加したのと前後してファッション誌でフォトグラファー、モデル、自身のブランド、MILK FEDを立ち上げるなど、ワースト俳優の汚名を忘却させるような活躍を見せ、彼女の存在はガールズ・カルチャーの偶像と化していく。

 90年代後半にかけて、彼女は頻繁に日本を訪れている。X-girlのショーや、日本の雑誌広告へのフォトグラファー、ブランドを立ち上げてからは展示会などで来日する機会が増え、プライヴェートでも滞在することが多くなった。初めての写真展が行われたのも、東京の渋谷パルコである。

 当時、ソフィアが定宿にしていたのが渋谷のクレストンホテル。NHK近くの住宅地に建つ客室総数53の小ぶりなホテルだが、渋谷駅から宇田川町を抜けた先にあるため、文化面で最も活気を帯びた90年代半ばの渋谷をごく至近距離で見ていたことになる。2000年代に入ると、西新宿のパークハイアット東京に滞在するようになるが、ここではホテルそのものの雰囲気を気に入り、まるで引きこもりのようにホテルから出なくなる。ニューヨークバーもあれば、エステもプールもあり、快適な時間を過ごせるようになったからだ。

 こうした前提を踏まえて『ロスト・イン・トランスレーション』を観れば、一人で日本にCM撮影のためにやって来たハリウッドスターのボブ・ハリス(ビル・マーレイ)も、夫の仕事についてきたシャーロット(スカーレット・ヨハンソン)も、ソフィア・コッポラ自身が投影されていることが分かる。

ソフィアがイメージする東京の原点とは?


 映画にとって〈外国〉は、重要な舞台装置だ。思いもよらない大胆な行動を取ることもできるし、日常ではありえない経験に巻き込まれることもある。『ローマの休日』(53年)で身分違いの王女と新聞記者が恋に落ちるのも、ローマという異国情緒漂う街があったからだ。

 『ロスト・イン・トランスレーション』においても、日本は同様の役割を担うが、『ローマの休日』と違うのは、東京がロマンティックなラブストーリーの舞台にもなるが、異国に一人で居る寂寥感をかき立てる無機質な都市としても描かれているところだろう。ボブ・ハリスは倦怠期の妻から逃れて日本に来たものの、言葉が通じず文化習慣の違いに戸惑いつつ、妻の一方的なFAXやメッセージが送り続けられることに閉口する。シャーロットは、仕事に追われる夫と距離を感じ、アメリカの友人と電話で話しても、異なる国と時間の中にいることで起きる会話のずれは、彼女がそれ以前から抱えていた孤立をいっそう明瞭にする。そして、同じホテルに宿泊する孤独を抱える2人が出逢い、街に飛び出すと、それまで退屈で無表情な街に見えた東京が、少しばかり怪しく、魅力あふれた街に見えてくる。

 映画の後半で、ホテルを飛び出したボブ・ハリスとシャーロットが体験する出来事はソフィアの実体験が元になっている。彼女に、東京の別の顔を教えたのは、伝説的なファッション誌『DUNE』の編集長だった林文浩。フォトグラファーと編集者としてのつき合いから始まったが、林は〈コッポラの娘〉としてではなく、若い友人として彼女と接し、いわゆるセレブを連れていくような店ではなく、居酒屋、クラブ、ストリップ・バーなどに、彼女と気が合いそうな人たちを呼んで案内した。その時の印象が映画に反映されている。

 だが、撮影の段階で問題が起きた。東京で映画を撮ること自体が使用許可の問題も含めて不自由ではあることは、最初から承知の上なので大きな問題ではない。実際、少数の精鋭スタッフで臨機応変に撮影を行うスタイルが取られたので、渋谷のスクランブル交差点や地下鉄はゲリラ撮影によって一瞬で撮りきってしまうという方法で切り抜けている。主要な舞台となるパークハイアット東京が、これまで映画の撮影許可が下りたことがなく、撮影そのものが不可能という事態も想定されたが、これも無事に許諾され、撮影を済ませることができた。

 意外にも、最も困難だったのは、ボブとシャーロットが夜の東京で訪れる店だった。ソフィアは自分が90年代に遊んだ店での撮影を望んでいたが、クラブなどは数年で閉店になることも多く、指定したクラブもストリップ・バーも現存していなかった(閉店した六本木のクラブの代わりに撮影で使用された代官山AIRも2015年末で閉店)。そこで、イメージに近い場所を林が探すことになり、ある空間に手を加えることで本作に登場する印象深い店を作り出すことを可能にした。ストリップクラブ・オレンジのシーンでは、A.P.C. 原宿 Underground店に手を加えることで、凝った空間設計を効果的に活用している。落ち着いた場所として登場する店も実際の店舗ではなく、千駄ヶ谷にあるヒステリックグラマーの事務所を使用するなど、従来の日本映画や海外からのロケーションを受け入れるシステムからは発想されない場所を用いたことで、ソフィアの記憶を再現した現実とは少し離れた東京の姿を浮かび上がらせた。

 この映画を観て、もし、ここに描かれる東京がリアルじゃないと思ったとしたら、それは外国人監督が撮ったからではなく、彼女が愛着を持つ時代の空気を再現したからに他ならない。


「ロスト・イン・トランスレーション」

DVD発売中 価格:3,800円+税

発売元・販売元:㈱東北新社

© 2003 LOST IN TRANSLATION INC.

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