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『ロスト・イン・トランスレーション』ソフィア・コッポラが見た「東京」の表情

(c)Photofest / Getty Images

『ロスト・イン・トランスレーション』ソフィア・コッポラが見た「東京」の表情

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ソフィアがイメージする東京の原点とは?



 映画にとって〈外国〉は、重要な舞台装置だ。思いもよらない大胆な行動を取ることもできるし、日常ではありえない経験に巻き込まれることもある。『ローマの休日』(53年)で身分違いの王女と新聞記者が恋に落ちるのも、ローマという異国情緒漂う街があったからだ。


 『ロスト・イン・トランスレーション』においても、日本は同様の役割を担うが、『ローマの休日』と違うのは、東京がロマンティックなラブストーリーの舞台にもなるが、異国に一人で居る寂寥感をかき立てる無機質な都市としても描かれているところだろう。ボブ・ハリスは倦怠期の妻から逃れて日本に来たものの、言葉が通じず文化習慣の違いに戸惑いつつ、妻の一方的なFAXやメッセージが送り続けられることに閉口する。シャーロットは、仕事に追われる夫と距離を感じ、アメリカの友人と電話で話しても、異なる国と時間の中にいることで起きる会話のずれは、彼女がそれ以前から抱えていた孤立をいっそう明瞭にする。そして、同じホテルに宿泊する孤独を抱える2人が出逢い、街に飛び出すと、それまで退屈で無表情な街に見えた東京が、少しばかり怪しく、魅力あふれた街に見えてくる。


 映画の後半で、ホテルを飛び出したボブ・ハリスとシャーロットが体験する出来事はソフィアの実体験が元になっている。彼女に、東京の別の顔を教えたのは、伝説的なファッション誌『DUNE』の編集長だった林文浩。フォトグラファーと編集者としてのつき合いから始まったが、林は〈コッポラの娘〉としてではなく、若い友人として彼女と接し、いわゆるセレブを連れていくような店ではなく、居酒屋、クラブ、ストリップ・バーなどに、彼女と気が合いそうな人たちを呼んで案内した。その時の印象が映画に反映されている。


 だが、撮影の段階で問題が起きた。東京で映画を撮ること自体が使用許可の問題も含めて不自由ではあることは、最初から承知の上なので大きな問題ではない。実際、少数の精鋭スタッフで臨機応変に撮影を行うスタイルが取られたので、渋谷のスクランブル交差点や地下鉄はゲリラ撮影によって一瞬で撮りきってしまうという方法で切り抜けている。主要な舞台となるパークハイアット東京が、これまで映画の撮影許可が下りたことがなく、撮影そのものが不可能という事態も想定されたが、これも無事に許諾され、撮影を済ませることができた。


 意外にも、最も困難だったのは、ボブとシャーロットが夜の東京で訪れる店だった。ソフィアは自分が90年代に遊んだ店での撮影を望んでいたが、クラブなどは数年で閉店になることも多く、指定したクラブもストリップ・バーも現存していなかった(閉店した六本木のクラブの代わりに撮影で使用された代官山AIRも2015年末で閉店)。そこで、イメージに近い場所を林が探すことになり、ある空間に手を加えることで本作に登場する印象深い店を作り出すことを可能にした。ストリップクラブ・オレンジのシーンでは、A.P.C. 原宿 Underground店に手を加えることで、凝った空間設計を効果的に活用している。落ち着いた場所として登場する店も実際の店舗ではなく、千駄ヶ谷にあるヒステリックグラマーの事務所を使用するなど、従来の日本映画や海外からのロケーションを受け入れるシステムからは発想されない場所を用いたことで、ソフィアの記憶を再現した現実とは少し離れた東京の姿を浮かび上がらせた。


 この映画を観て、もし、ここに描かれる東京がリアルじゃないと思ったとしたら、それは外国人監督が撮ったからではなく、彼女が愛着を持つ時代の空気を再現したからに他ならない。




文: モルモット吉田

1978年生。映画評論家。別名義に吉田伊知郎。『映画秘宝』『キネマ旬報』『映画芸術』『シナリオ』等に執筆。著書に『映画評論・入門!』(洋泉社)、共著に『映画監督、北野武。』(フィルムアート社)ほか



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「ロスト・イン・トランスレーション」

DVD発売中 価格:3,800円+税

発売元・販売元:㈱東北新社

(c)2003 LOST IN TRANSLATION INC.

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