トム・ハンクスとデンゼル・ワシントンのキャスティング
この映画を製作する時、デミ監督は「絶対にスターの起用が必要」と思ったそうだ。当時のハリウッドではエイズは先鋭的なテーマだったが、スターがいることで、スタジオ作品として成立すると考えたからだ。そこで大手のエージェントに脚本を送ったところ、トム・ハンクスが興味を持ち、連絡してきた。
監督や脚本家が参加したDVDのオーディオ・コメンタリーによれば、「この映画に出演できるのなら、ギャラの値段は気にしない」とまで、ハンクスは言ったそうだ。ハンクスのように名前のある男優の参加は、この企画にとってプラスの材料となった。
結果的にハンクスは初のオスカーを手にする。この映画より前に出演した『ビッグ』(88)で初のオスカー候補となり、男優として力をつけていたが、『フィラデルフィア』でシリアスな役も演じられる男優として認められた。そして、翌年の『フォレスト・ガンプ』(94)で連続受賞を果たし、ハリウッドを背負う男優となっていく(90年代に3回、オスカー候補となっている)。この映画の脚本を読んだ時、彼は自分の人生を変える作品であることを直感したのかもしれない。
『フィラデルフィア』(c)Photofest / Getty Images
一方、彼を弁護する弁護士、ミラー役を演じるのはデンゼル・ワシントン。当初、この弁護士役は脇役的な役回りだったそうだが、その後、役の存在が大きくなり、ハンクスとほぼ互角のキャラクターとなった。ワシントンの温かいユーモアがこの作品のいいアクセントになっている。彼はその後、『クライシス・オブ・アメリカ』(04)でもデミと組んでいる。
脇役も実力者が揃っていて、トム・ハンクスを解雇する弁護士事務所のボス、チャールズにジェイソン・ロバーツ。彼の事務所を弁護する弁護士、ベリンダ役にメアリー・スティーン・バージェン。ふたりはデミ監督の80年の代表作『メルビンとハワード』でも共演し、この映画で助演賞候補となっている(スティーンバージェンは助演女優賞受賞)。デミ一家ともいえる俳優たちだ。
また、ハンクスのゲイの恋人役、ミゲルを演じているのはアントニオ・バンデラス。当時の彼はまだハリウッドではメジャーな男優ではなかった。デミのオーディオ・コメンタリーの証言によれば、「彼は英語があまりうまくなかったが、ハンクスとの相性がすごく良かった。以前から注目していたので、出演してくれてうれしい」と語っている。
当時の彼はペドロ・アルモドバル監督の『セクシリア』(82)、『欲望の法則』(87)などで純愛と欲望の間でゆれる屈折したゲイ役を演じていたが、この映画では好感度の高い恋人に扮している。
主人公の母親役はポール・ニューマン夫人としても知られるオスカー女優、ジョアン・ウッドワード。「彼女の表情は多くの俳優たちのお手本になるだろう」とデミはコメンタリーで言っているが、その微妙な感情表現は素晴らしく、特に最後の病院の場面で余命わずかの息子を見つめる表情がすばらしい(その表情だけで泣けてくる)。彼女に出演してもらうため、デミは何度も電話をかけたという(ウッドワードは根負けで出演したようだ)。
また、脇役にもデミ一家と呼べる顔が揃っている。裁判長役のごつい体形のチャールズ・ネピア、医師役の目に特徴のあるポール・レザー、髪が薄くて、マンガの主人公のようにおもしろい顔をした陪審員役のケネス・ウィット(実はこの映画のプロデューサーのひとり)。さらに弁護士役にはデミをかつて育てたB級映画の帝王こと、ロジャー・コーマン。デミ映画の隠れた顔ともいうべき個性的な俳優たちの脇役・端役ぶりも楽しい。