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『フィラデルフィア』ジョナサン・デミが自由の土地で描いた、人間の自由と解放

(c)Photofest / Getty Images

『フィラデルフィア』ジョナサン・デミが自由の土地で描いた、人間の自由と解放

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ジョナサン・デミの音楽へのこだわり



 こうしたテーマへのこだわりと共に、デミ映画をデミ映画たらしめているのは音楽の使い方である。「音楽は初恋で、映画は2番目の恋」。かつてアメリカの映画雑誌「プレミア」でそう語ったこともあるデミだが、デビュー作『女刑務所・白昼の暴動』ではニューヨークの“ベルベット・アンダーグランド”のミュージシャンとして知られるジョン・ケイルを起用。彼はデミの80年代の代表作『サムシング・ワイルド』(86)でも音楽を担当していた。


 また、トーキング・ヘッズの中心人物、デヴィッド・バーンは『サムシング・ワイルド』のテーマ曲を担当し、『愛されちゃって、マフィア』(88)にも参加。ニューヨークの先鋭的なセンスを持つミュージシャンたちを好んで監督作で使ってきたデミだが、『フィラデルフィア』もサントラが素晴らしい。


 タイトルバックを作り上げた時、仮の音として流していたのがニール・ヤングの「サザンマン」(ヤングの70年の傑作アルバム「アフター・ザ・ゴールドラッシュ」に収録)だという。ギターのワイルドな音が印象的な曲だが、デミとしてはこういうタッチのサウンドを使いたかったという。ゲイに対して偏見がある男性客にあえてハードなギターの音を聴かせることで男性的な雰囲気を作りだして、映画に入りやすくするためだ。


 ニールに新曲の依頼をしたが、彼が書き上げたのは「サザンマン」とはトーンの異なるリリカルなバラード「フィラデルフィア」。映画の最後の方に流れる(この曲が流れるホームムービー調の映像はエイズで亡くなった英国の先鋭的な監督、デレク・ジャーマンの作品を参考にして作り上げたそうだ)。


『フィラデルフィア』最後のムービー


 そこで男性的な曲を求めて、今度はブルース・スプリングスティーンにオープニング曲を依頼。しかし、そこで完成した「ストリート・オブ・フィラデルフィア」も心にじんわり響くナンバーで、デミが当初予定していたワイルドな曲調ではなかった。ただ、結果的にはフィラデルフィアのさまざまな人々の様子をとらえた冒頭場面にピタリと合った曲となった。スプリングスティーンが映画のために曲を書き下ろしたのはこれが初めてである。


 そして、スプリングスティーンも、ヤングも、オスカーの主題歌賞候補となり、前者が受賞。受賞式にはふたりのミュージシャンが舞台で生歌も披露し、ロックファンとしては贅沢な気分に浸れた(アメリカの「ローリング・ストーン」誌も「これまでのオスカーの歴史で最も忘れがたいロック・ミュージシャンによる演奏場面となった」とこのふたりの存在を讃えている)。


スプリングスティーン「ストリート・オブ・フィラデルフィア」MV


 ミュージカルでもない普通のドラマで2つの曲がオスカー候補となる。これは音楽通のデミだからこその快挙。サントラにはピーター・ガブリエル、シャーデーなどのナンバーも収録され、充実の1枚となっている。


 また、映画のパーティ場面ではトーキング・ヘッズの名曲「ヘブン」が女性シンガー、Qラザルスによって歌われるが、死期の近い主人公の心情が託された歌詞になっていて、このあたりにもデミのセンスが光っている。


 そして、音楽を使った場面として最もインパクトがあるのが、死期が迫った主人公がマリア・カラスのオペラ曲「 ラ・ママ・モルタ」(オペラ「アンドレア・シェニエ」より)を背景にパフォーマンスを見せる場面だろう。カラスはゲイが好むオペラ歌手として知られているが、主人公はその歌詞を英語に翻訳しながら「私の命」「私の愛」と最後の命を燃やしつくすような圧倒的な演技を見せる。


 黒人弁護士はあっけにとられながら、その様子を見ているが、家に帰ってもその音のインパクトが体を離れない。クライアントは死の淵に立っているが、弁護士が家に帰ると生まれたばかりの赤ん坊が待っている。生と死の対比によって、さらに曲のインパクトが大きく感じられる名シーンとなっている。



文: 大森さわこ 

映画ジャーナリスト。著書に「ロスト・シネマ」(河出書房新社)他、訳書に「ウディ」(D・エヴァニアー著、キネマ旬報社)他。雑誌は「週刊女性」、「ミュージック・マガジン」、「キネマ旬報」等に寄稿。ウエブ連載をもとにした取材本、「ミニシアター再訪」も刊行予定。



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