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『ボディガード』映画の向こう側にあるケヴィン・コスナーの羨望とホイットニー・ヒューストンの確執

© 2012 Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.

『ボディガード』映画の向こう側にあるケヴィン・コスナーの羨望とホイットニー・ヒューストンの確執

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『ボディガード』におけるクロサワイズム



 1955年生まれのケヴィン・コスナーは、いち観客として、全盛期のスティーヴ・マックイーンを観ていた。しかも、コスナーがまだ若い頃に。マックイーンは1980年に亡くなっている。そして、彼の晩年は寡作になっていたこともあり、実際には1960年から1970年代初めまでが彼の全盛期だった。意外に思えるかも知れないが、マックイーンは早逝したため、スターだった期間が20年余りしかない。つまり、コスナーが俳優としてデビューした頃、スティーヴ・マックイーンはもうこの世にいなかったということなのだ。


 ケヴィン・コスナーは『ボディガード』の次回作として、数多あるオファーの中から『パーフェクト・ワールド』(93)を選んでいる。この映画を監督し、共演も果たしたクリント・イーストウッドは、マックイーンと同じ1930年生まれ。マックイーンは「拳銃無宿」で、イーストウッドは「ローハイド」で、テレビ製西部劇の一時代を築いた俳優だったという共通点がある。マックイーンは『荒野の七人』、イーストウッドは『荒野の用心棒』(64)、そしてコスナーは『シルバラード』が映画の出世作となったのだが、それらが西部劇であることには、単なる偶然と言い切り難い奇縁がある。



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 人気歌手のレイチェル(ホイットニー・ヒューストン)と、彼女のボディガードを務めるフランク(ケヴィン・コスナー)が秘めた恋に落ち、デートで映画を観るという『ボディガード』の中盤。スクリーンに映し出される映画は、黒澤明監督の『用心棒』(61)だった。『用心棒』は世界的に『YOJINBO』のタイトルで公開されているが、英訳すれば<THE BODYGUARD>ということになる。


 そういった下手な引用であるようにも思えるのだが、先述の『荒野の七人』は『七人の侍』(54)、『荒野の用心棒』は『用心棒』という黒澤明監督作品をリメイクしたという共通点を見出せる。また『ボディガード』には、例えば、レイチェルの邸宅に侵入した不審者を追う移動ショットに、『七人の侍』で野武士たちが馬で侵入してくるショットの模倣を感じさせるなど、黒澤映画への影響を垣間見ることができる。



 この引用について、ケヴィン・コスナーは来日時の会見で「その謎はローレンス・カスダンが大変なクロサワファンだということにあります。彼は日本の文化や映画に触発されたフィルムメーカー。突然『用心棒』が流れて不思議に思われたかも知れませんが、これは彼の黒澤監督へのオマージュとして、ワンシーンを映画の中に取り入れたということなんです」と語っていた。ちなみに、劇中で「(『用心棒』を)62回観た」という台詞は、コスナーのアイディアだったのだとか。そして、いわゆる<クロサワイズム>が込められているせいもあってか、『ボディガード』は日本でも大ヒットを記録した。


 さらに売れたのがサウンドトラック盤。全世界で累計5,000万枚を売り上げ、ホイットニー・ヒューストンによる主題歌「オールウェイズ・ラブ・ユー」は全米シングルチャートで14週連続1位という記録を打ち立てた。また売上記録も、サウンドトラック盤として今なお不動の1位にある(2021年現在)。




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