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『JFK』仕組まれたバッシング、オリバー・ストーンが挑んだケネディ暗殺事件 前編

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『JFK』仕組まれたバッシング、オリバー・ストーンが挑んだケネディ暗殺事件 前編

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 およそ60年近く前に世界を激震させたケネディ大統領暗殺事件。歴史を揺るがした事件の映画化を手がけたのは、ハリウッド社会派映画の先鋒とも言われるオリバー・ストーン監督だ。しかし、『プラトーン』(86)、『7月4日に生まれて』(89)などで、アメリカの暗部に切り込んできたオリバー・ストーンを持ってしても、この事件の映画化には大きな困難が伴うことになった。


 その映画『JFK』(91)を完成させるまでに、オリバー・ストーンがたどった苦難の道程を、本記事では多角的に検証。約25,000字の記事を前・中・後編の3回に分けて掲載する。


 オリバー・ストーンが挑んだケネディ暗殺事件とは何だったのか?本稿で迫ってみたい。



Index


1963年11月22日、テキサス州ダラス



 兇弾に倒れたアメリカ合衆国大統領は4人。これを多いと見るか、少ないと見るかは意見の別れるところだろうが、エイブラハム・リンカーンら至近距離から撃たれた大統領と違い、ライフルによって遠距離から狙撃された大統領は今のところ唯一人――第35代大統領のジョン・F・ケネディである。


 1963年11月22日、翌年に控えた大統領選のためにテキサス州ダラスへ遊説に訪れたケネディは、同日午前11時50分、ワシントンからダラス・ラブフィールド空港へ空輸された大統領専用車に乗りこんだ。ケネディの隣には夫人のジャクリーン・ケネディ、前列席にはテキサス州知事夫妻が同乗。リムジンはパレード専用車としてトップルーフが取り外されていたが、防弾カバーの装着は可能だった。しかし、晴天だったこともあってケネディは大衆に上半身を晒しまま、市中へと向かった。


 時速16キロ前後のスピードでゆっくりと進む車は、メインストリートからディーレイ・プラザ前で右折した後、しばらく直進して教科書倉庫ビル前を左折。滑らかなS字カーブが続く道を進んでいた午後12時30分、空気を切り裂くような乾いた音が響いた。タイヤがパンクしたと思った者がいた。クラッカーを鳴らした音だと思った者もいた。


 喉を押さえながら前屈みになったケネディの顔を隣席のジャクリーンと前席の知事が心配そうに覗き込んだ次の瞬間、2発目の銃弾がケネディの頭部を貫き、身体が後方に大きく反り返ると同時に、血飛沫が前方に噴出した。その姿を目にした者はようやく事態を理解し、何が起きたかを悟った。猛スピードで大統領専用車がディーレイ・プラザから走り去った後に残されたのは、混乱と恐怖である。


 副大統領のリンドン・B・ジョンソンが、36代大統領に就任したのは、午後2時38分。ケネディが狙撃されてから約2時間後だった。



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