「路上の一人の殺人鬼」を体現するルトガー・ハウアーの狂演
『ヒッチャー』製作の最大のポイントは、もちろん「正体不明の殺人鬼ジョン・ライダーを、誰に演じてもらうか」だった。初期稿では「痩せこけた男」という設定だったこともあり、リストアップされていたのはデヴィッド・ボウイ、スティング、サム・シェパード、ハリー・ディーン・スタントン、テレンス・スタンプといった病弱系の面々。その中でも、ロバート・ハーモンが固執していたのがテレンス・スタンプだった。ウィリアム・ワイラー監督の『コレクター』(65)では猟奇的な誘拐犯、オムニバス映画『世にも怪奇な物語』(68)の第3話 『悪魔の首飾り』では極度のアル中と、マッド演技には定評アリ。しかし周囲の反対もあり、このキャスティングは実現しなかった。
『ヒッチャー』© Filmverlag Fernsehjuwelen. All rights reserved.
次に製作陣が目をつけたのが、サム・エリオット。近年では、『アリー/スター誕生』(18)でアカデミー助演男優賞にノミネートされたことが記憶に新しいが、この当時はテレビをメインに活躍する中堅俳優。オーディションでの彼の演技は凄まじかったようで、プロデューサーのエドワード・S・フェルドマンは恐怖のあまり車に乗って出かけられなかったという。だがスケジュールの都合で、彼も降板してしまう。
そんな紆余曲折を経て、ジョン・ライダー役を射止めたのがルトガー・ハウアー。オランダ出身の彼は同郷のポール・バーホーベン監督と組んで、『危険な愛』(73)、『娼婦ケティ』(75)、『女王陛下の戦士』(77年)、『 SPETTERS/スペッターズ』(80年)、『グレート・ウォリアーズ/欲望の剣』(85)と数々の問題作…というよりも変態作に出演し、アンチモラルな異常者を嬉々として演じていた。
『ヒッチャー』© Filmverlag Fernsehjuwelen. All rights reserved.
今となっては、ジョン・ライダーは彼以外に考えられないハマリっぷり。ジム・ハルジー役のC・トーマス・ハウエルは撮影中も本気で怖がっていた、というからその没入ぶりはさぞかし凄まじかったに違いない。エリック・レッドが夢想した「路上の一人の殺人鬼」は、ルトガー・ハウアーという稀代のアクターを得て血肉化したのである。
無軌道に繰り返される残虐殺人。だがそこに、いっさい合理的な説明は示されない。ジョン・ライダーが何者なのか、どこから来たのかも明かされない。ただひたすらに相手を嘲笑し、無慈悲になぶり殺し、暗い喜びに身を浸すのみ。カネにはいっさい興味を示さず、人間が悪の深淵に落ちていくのを至上の喜びとする、『ダークナイト』(08)のジョーカーに近接したキャラクターと言っていいだろう。クリストファー・ノーランが、シリーズ第1作『バットマン ビギンズ』(05)でルトガー・ハウアーを起用したのは、決して偶然ではなかったのだ。