『クリシャ』あらすじ
親族から疎まれているクリシャが感謝祭に参加するべく、かつて捨てた家族の元へ戻ってくる。そこには妹夫婦や姉夫婦とその子供たちが勢ぞろいしていた。クリシャは過去の出来事を後悔し、息子トレイに自分が変わったことを証明しようとする。そんなクリシャを受け入れようとした家族たちだが、トレイはクリシャの帰還を快く思っていなかった。精神的に不安定のクリシャは、やめていたはずのアルコールに手を出してしまい、感謝祭は醜悪なものへと変わっていく……。
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親戚を俳優として起用し、実家で9日間かけて撮影
いまや、日本でも広く名の通った映画配給・制作会社A24。『ヘレディタリー/継承』(18)『ミッドサマー』(19)のアリ・アスターや、『ウィッチ』(15)『ライトハウス』(19 ※2021年7月日本公開予定)のロバート・エガースなど、気鋭の監督を“発掘”し、“育成”する手腕に定評のある同スタジオにおいて「秘蔵っ子」と言っていい人物がいる。
その名は、トレイ・エドワード・シュルツ。1988年生まれの俊英は、長編監督デビュー作から一貫してA24と組み続けている。『クリシャ』(15)、『イット・カムズ・アット・ナイト』(17)、『WAVES/ウェイブス』(19)だ。両者はまさに蜜月関係といえ、シュルツ監督はある意味A24らしさを最も体現するクリエイターといえるかもしれない。そしてその原点といえる『クリシャ』が、公開延期を乗り越えて2021年4月17日より日本公開を迎える。
『クリシャ』予告
物語の内容を紹介する前に、本作の成り立ちについてみていこう。まずこの映画は、シュルツ監督が2014年に制作した短編を長編映画化したもの。監督・脚本・出演・製作・編集を手掛けており、出演者はシュルツ監督の叔母や親戚がメイン(そこに数人のプロの役者が混ざる形)。シュルツ監督の実家で、9日間にわたって撮影されたという。つまり、超プライベート・フィルム的な立て付けなのだ。
役者ではない一般の人々を起用した劇映画は、グー・シャオガン監督の『春江水暖~しゅんこうすいだん』(19)やクロエ・ジャオ監督の『ザ・ライダー』(17)と『ノマドランド』(20)、クリント・イーストウッド監督の『15時17分、パリ行き』(18)等々、近年でも多々あるが、出演者が自分&親戚で、撮影場所が実家というのはなかなか興味深い。物語自体にも、そうした演者自身のプライベートな内容が入り込んでいるという(たとえば、クリシャの指が欠損しているところなど)。そうした意味で、現実と虚構の境が極めて曖昧なメタフィクション的な映画ともいえそうだ。
本作はまず、2015年の音楽・映画・テックの祭典「サウス・バイ・サウスウエスト」でワールドプレミアされ、審査員大賞と観客賞をW受賞(元となった短編では、撮影賞を受賞している)。ちなみに、サウス・バイ・サウスウエストはジャンル映画の傾向が強く、近年では『アイアムアヒーロー』(16)『犬ヶ島』(18)『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』(19)などが観客賞に輝いている。
その後、同年の第68回カンヌ国際映画祭における国際批評家週間で上映され、カメラドール(新人監督賞)とネスプレッソ大賞にノミネート。そして、A24が米国での配給権を獲得した形だ。
A24が配給業をスタートしたのは2013年で、本作が公開されたのは2016年。同年の配給作品には、第68回カンヌ国際映画祭で審査員賞に輝いた『ロブスター』(15)やアカデミー賞の歴史を変えることになる『ムーンライト』(16)など、傑作がずらりと並ぶ。この年はほぼ毎月A24の配給作品が劇場公開されており、同社にとっても勝負のタイミングだったかもしれない。輝かしい受賞歴もそうだが、このラインナップにしっかりと食い込んでくるあたり、当初からシュルツ監督は非凡な才能を発揮していたのだろう。