メジャー作品で初の前向きなトランスジェンダー役
この『ガープの世界』のロバータ・マルドゥーンは、ハリウッドのメジャー作品で「トランスジェンダーを前向きに描いた役」の最初のひとつとして語り継がれる。それまでは、悲劇、あるいは笑いの対象とされてきたトランスジェンダーに、ヒーロー的な側面を与えたからだ。
ジョン・リスゴーは『ガープの世界』でアカデミー賞助演男優賞にノミネート。一気にメジャー俳優となる。じつはこの年(1982年度)のアカデミー賞は、主演男優賞に『トッツィー』のダスティン・ホフマン、主演女優賞に『ビクター/ビクトリア』のジュリー・アンドリュース、助演男優賞に同作のロバート・プレストンがノミネートされた。リスゴーはトランスジェンダー役で、プレストンは女装するゲイの役。アンドリュースは男装の役。そしてホフマンは女装して仕事を手に入れる俳優の役。セクシュアリティと異性装をまとめるのは強引だし、今の基準から考えれば役の造形に賛否が起こる側面もあるが、ジェンダーを考えさせる役がこれだけ多くアカデミー賞に評価されたことは、時代として革新的だった。残念ながら4人とも受賞は逃した。ちなみに『トッツィー』でダスティン・ホフマンが演じた主人公は、広い意味でトランスジェンダー的な要素を備えている。表面的には単純な女装だが、それだけで判断してはいけないことは、ドキュメンタリー『トランスジェンダーとハリウッド:過去、現在、そして』(20)を観ればよくわかる。
『ガープの世界』© 1982 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.
ジョン・リスゴーとともに『ガープの世界』でアカデミー賞にノミネート(助演女優賞)されたのが、ジェニー役のグレン・クローズである。『ガープの世界』は、クローズの劇場映画デビュー作。彼女の舞台を観たプロデューサーが抜擢した。子供を作る目的以外での男性との性交渉を拒み、性暴力を受けた女性たちのケアをすることに人生を捧げたジェニー。過激な行動にも出るフェミニストたちのアイコンにもなるこの役は、たしかにアカデミー賞向きであるが、そうした役に人間味を与えたのがグレン・クローズの変幻自在の演技力だった。彼女はその後、主演女優賞で4回(『危険な情事』87、『危険な関係』88、『アルバート氏の人生』11、『天才作家の妻 40年目の真実』18)、助演女優賞で3回(『再会の時』83、『ナチュラル』84、『ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌』20)のノミネートを果たし、いまだ受賞には至っていない。
アカデミー賞の歴史では、ジェラルディン・ペイジが『バウンティフルへの旅』(85)で8度目のノミネートでようやく受賞に輝いた。ピーター・オトゥールが『アラビアのロレンス』(62)など計8回、主演男優賞にノミネートされて無冠(2003年に名誉賞のみ受賞)という記録もある。