『ガープの世界』あらすじ
子供は欲しい、でも結婚はしたくない。そう考えた看護婦が第二次大戦中、病院での瀕死の軍曹から”一方的に“精液をもらい受ける。こうして生を受けたのが、ガープ。レスリングに夢中になり、恋に悩み、そして小説を書く。悲劇と喜劇がかわるがわるやってきて、ちょっと変わった人たちに囲まれた彼の数奇な運命の物語。
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強烈なキャラが織りなす喜怒哀楽
2020年の少し前あたりから、何かと「多様性」が求められているハリウッドの映画やドラマだが、早くから人種やセクシュアリティなどさまざまな側面で多様なキャラクターを意識的に多く登場させていたのが、ジョン・アーヴィングの小説である。
中でも映画化された作品では、当時としても驚くレベルで、キャラクターの多様性が突出していた。『ガープの世界』(82)、『ホテル・ニューハンプシャー』(84)、『サイモン・バーチ』(98)、『サイダーハウス・ルール』(99)と、改めて作品を並べても、「まわりとは違う」ことを前向きにとらえたキャラクターと、彼らが織りなすドラマに明らかに重点が置かれている。ハリウッドの歴史を考えたとき、アーヴィングのこうした初期の作品群は、数十年後のムーヴメントを予感させていたとも言える。
ジョン・アーヴィングの長編4作目で、世界的な名声をもたらしたのが『ガープの世界』。1978年に発表された後、一大ベストセラーとなり、1982年には早々と映画となっている。
『ガープの世界』© 1982 Warner Bros Entertainment Inc. All Rights Reserved.
基本ストーリーは、なかなかセンセーショナル。主人公のT・S・ガープは、看護師の母、ジェニーが、戦争の負傷で昏睡状態となった兵士に対しての一方的な性交によって生まれた子供。T・Sとは、Technical Sergeant=三等軍曹。つまり「ガープ三等軍曹」という父の呼び名が、そのまま息子につけられた。三等軍曹は亡くなり、ジェニーは女手ひとつでガープを育てる。少年時代からレスリングに夢中になったガープは、やがて小説家になり、一方のジェニーも自伝が評判を呼び、フェミニストのグループから崇拝される存在となる。親子の運命が、波乱に次ぐ波乱で展開するこの物語は、まさに映画にうってつけだった。
レスリングと小説が好きという点や、自身もシングルマザーに育てられた経験などから、原作者ジョン・アーヴィングが主人公に投影された『ガープの世界』(映画版にはアーヴィングがレスリングのレフェリー役で特別出演)。ガープが執筆する小説の内容が、『ホテル・ニューハンプシャー』などの、アーヴィングの他作品とシンクロする部分もあったりする。さらに、性暴力問題、性的マイノリティ、一般の人々の政治活動、父親の育児などのジェンダー問題と、むしろ数十年後の今、トピックとなっている要素が詰め込まれているのが特徴的だ。
時代を先取りしたようにも感じられるこれらの要素が、ガープとジェニーの運命の急展開を加速させる。喜怒哀楽に満ちたガープの人生は、原作でも何度も語られる「人間は誰もが、死に到(いた)る患者である」というフレーズどおり、つねに悲観的な予感が漂いつつも、それを素直に受け止めて生きていこうとする楽観主義が重なり、人間の真理を軽やかに描く作風で、時を超えても色褪せないのである。
ガープとジェニーの親子もかなりインパクトのあるキャラではあるが、周囲にはそれに輪をかけて強烈な面々が揃っている。その一人が、アメリカンフットボールの元花形選手、ロバータ・マルドゥーンだ。選手時代の名前はロバート。つまり男性から女性に移行した人物、トランスジェンダーである。ジェニーの著書と生き方に賛同したロバータは、性暴力を受けた女性たちのための「駆け込み寺」を作ったジェニーを手伝い、ガープとも良き友人となる。映画化の前に原作を読んだ人は、それぞれ頭の中でロバータのイメージを膨らませたはずだが、映画ではおそらく予想をはるかに上回るその姿に驚いたのではないか。演じたのは、ジョン・リスゴー。当時、まだ代表作と言えるものはなかったが、190cm以上もある長身で、まさにフットボール選手だと納得させるガッチリした肉体の彼が、女性の外見で登場し、時には暴れまわる。しかも弱き者たちを守るために! その姿は爽快であった。ちなみにリスゴーは後に『レイジング・ケイン』(92)で、これまた印象に残る女装姿を披露している。