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『追いつめられて』ケネス・フィアリングの小説「大時計」をめぐる3つの映画

(c)Photofest / Getty Images

『追いつめられて』ケネス・フィアリングの小説「大時計」をめぐる3つの映画

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幻となっているポール・アンカの楽曲



 「その存在がなかなか見つからない」と言えば、冒頭に書いたポール・アンカの楽曲「夕暮れの街」である。2018年に『追いつめられて』のサウンドトラック盤がCD化された折、これまで未収録だったモーリス・ジャールのスコアが収録されていたものの、やはり「夕暮れの街」は収録されなかった。厳密な話をすると、1983年に発表されたポール・アンカのアルバム「ウォーク・ア・ファイン・ライン」に「夕暮れの街」は収録されている(1991年には「マイ・ソングス〜朝のとばりの中」の邦題でCD化)。ただし、これはポール・アンカのソロバージョン。『追いつめられて』で使用されているのは、ジュリア・ミゲネスとデュエットしているバージョンなのだ。このバージョンは、映画が公開された1987年にシングルレコードとしてごく限られた国でリリースされて以来、一度も正式なソフト化がなされていないのだ(日本国内でのリリースは一度もない)。


No Way Out - Paul Anka and Julia Migenes 


 「ダイアナ」や「マイウェイ」など、1950年代からヒット曲を生み出してきたポール・アンカは、1980年代になって、当時はまだ無名だったデヴィッド・フォスターの才能を見出し、AORアプローチの楽曲を手がけるようになったという経緯がある。前述のアルバム「ウォーク・ア・ファイン・ライン」では、TOTOのメンバーであるスティーヴ・ルカサーやジェフ・ポーカロ、ドゥービー・ブラザーズのマイケル・マクドナルド、シカゴのピーター・セテラなど、世代の異なるミュージシャンたちと組んでいる。「夕暮れの街」は、ポール・アンカとマイケル・マクドナルドの共作だが、『追いつめられて』の劇中にはもう一曲、ソロデビューする前のリチャード・マークスと共作した「Say It」が使われている。


Paul Anka and Richard Marx - Say It (AOR Soundtrack Rarity)


 実は、ファレルとスーザンがドライブデートする場面で流れる「Say It」もまた、「その存在がなかなか見つからない」楽曲なのだ。奇妙なことに、この「Say It」は1997年になって日本人歌手がカバーしている。羽根田ユキコが“伊藤征子”名義でリリースした自主制作盤「Good Times , Bad Times」の8曲目に収録されていたのだ(後にメジャーから“羽根田ユキコ”名義で再リリースされている)。このアルバムは、全編が英語の楽曲で構成され、驚くことにデヴィッド・フォスターやフィル・ラモーンといった超大物プロデューサーが参加。正式にリリースされた現存のソフトとして「Say It」が聴けるのは、伊藤征子バージョンしかなかったのだ。


 時を経た2010年代になって、「夕暮れの街」も「Say It」も YouTubeに何処からか音源が流出。「夕暮れの街」については『追いつめられて』で使用されたバージョンが、いつでも自由に聴けるといういい時代になった。だが、『追いつめられて』で国防総省のスタッフたちが総力かつ執拗に調査・探索することで「その存在がなかなか見つからない」ものの存在証明をしてみせる姿を観る度、愚直と揶揄されようとも、筆者はCD音源の存在を探し続けることを今なお諦めきれないでいるのである。


【出典】

・「秘められた野心 ケヴィン・コスナー物語」(シンコーミュージック) ケルバン・キャディース著 小尾ちさほ・訳

・「大時計」(早川書房) ケネス・フィアリング著 長谷川修二・訳

・「フィルム・ノワール ベスト・コレクション DVD-BOX vol.1」付属リーフレット 吉田広明(株式会社ブロードウェイ)

・『追いつめられて』劇場パンフレット

・IMDb 『No Way Out』https://www.imdb.com/title/tt0093640/

・BOX OFFICE MOJO 『No Way Out』https://www.boxofficemojo.com/release/rl3647440385/weekend/



文: 松崎健夫

映画評論家。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。『ぷらすと』『japanぐる~ヴ』などテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。『キネマ旬報』、『ELLE』、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。現在、キネマ旬報ベスト・テン選考委員、ELLEシネマ大賞、田辺・弁慶映画祭、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門の審査員を務めている。共著『現代映画用語事典』(キネマ旬報社)ほか。



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