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『追いつめられて』ケネス・フィアリングの小説「大時計」をめぐる3つの映画

(c)Photofest / Getty Images

『追いつめられて』ケネス・フィアリングの小説「大時計」をめぐる3つの映画

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ケネス・フィアリングの小説「大時計」が原作



 『追いつめられて』には原作となる小説がある。それは、プロレタリアの詩人だったケネス・フィアリングが、1939年頃から手掛けるようになったパルプ小説のひとつで、1946年に発表した「大時計」だった。ところが、この小説の舞台は国防総省ではなく、出版社となっている。雑誌の編集長である主人公が、社長の愛人と深い仲になってしまうという物語だ。舞台となる場所や時代設定が異なるものの、危険な三角関係という設定は、『追いつめられて』にそのまま活かされている。だが、この物語の主軸となるのは、不倫や不誠実な関係を描いた恋愛劇にあるのではない。物語は三分の一が経過した頃、急転直下するからだ。


 国防長官のブライスは、スーザンに恋人の存在があることを察知し、彼女と口論。嫉妬が募り、誤って彼女を殺めてしまう。そこで、ファレルの旧友でブライスの部下でもあるスコット(ウィル・パットン)が、事件を隠蔽するためにスーザンの恋人を犯人に仕立て上げようと計画。その犯人探しを命じられるのが、ファレルなのである。つまり主人公のファレルは、犯人の汚名を着せられながら、自らが犯人だという証拠探しを課せられるという不条理によって、徐々に“追いつめられて”ゆくのだ。


 『追いつめられて』(c)Photofest / Getty Images


 ケネス・フィアリングの小説「大時計」は、1948年にもレイ・ミランド主演で一度映画化されている。この『大時計』(48)を監督したジョン・ファローはオーストラリア出身。また、『追いつめられて』のロジャー・ドナルドソンはニュージーランド出身。小説「大時計」を映画化したふたりの監督は、アメリカ出身ではなくオセアニアからハリウッドに渡った人物だという奇縁もある。ちなみに、ジョン・ファローは『大時計』でレイ・ミランドの妻役を演じたモーリン・オサリヴァンと結婚(撮影時にはすでに夫婦だった)。ふたりの間に生まれた実娘ミア・ファローは、言わずと知れた大女優に成長することとなる。


 『追いつめられて』における急展開は小説「大時計」を踏襲したものだが、この設定をそのまま飜案した映画がある。それが、イヴ・モンタン主演のフランス映画『真夜中の刑事/POLICE PYTHSON 357』(76)だ。この映画の場合は、主人公である刑事の愛した若い女性が、警察署長の愛人だったという設定。別れ話に激昂し、愛人を殺めてしまったことを隠蔽するため、主人公の刑事が浮気相手だと知らず捜査を担当させるという設定は、「大時計」とよく似ている。ちなみに海外の文献では『真夜中の刑事』をリメイク扱いしているものも散見されるが、オープニングやエンドロールのクレジットにケネス・フィアリングの名前はない。


 とは言え、114分の上映尺がある『追いつめられて』で、映画開始46分頃に愛人が殺され、物語が急転するのと同じように、95分の上映尺がある『大時計』では映画開始35分頃、118分の上映尺がある『真夜中の刑事』でも映画開始38分頃に物語が急転する。つまり、物語の三分の一が過ぎた頃に、愛人が殺されるという場面が描かれているという共通点がある。重要なのは、三作品とも恋愛劇だと見せかけながら、実は後半の展開に向けた伏線を張り巡らせているという点。一見すると意味がないような小道具や脇役たちが、後半になって重要な存在となってゆくのだ。この巧妙な演出を可能にさせているのは、監督たちが観客の記憶力を信じているからにほかならない。


 また、ウィル・パットン演じるスコット役に相当するそれぞれの俳優が、冷徹で個性的な風貌を持っているという共通点も興味深いところ。『追いつめられて』、『真夜中の刑事』、『大時計』の三本を比較すると、国防総省・警察・出版社という組織の違いによって生まれる「大きな権力に抗う」ことへの意味合いが微妙に異なっていることも指摘できる。主人公が“何を守ろうとしているのか?”という違いは、「その存在がなかなか見つからない」というサスペンスが生まれる、それぞれの所以にもなっているのだ。





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