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『ビッグ・シック』映画界に風穴を空けたコメディ出身者たちの視点とは?

『ビッグ・シック』映画界に風穴を空けたコメディ出身者たちの視点とは?


ジャド・アパトーの過去の失敗作がもたらしたもの



 ところで、『ビッグ・シック』を一段と面白いものへと高めた要素として注目したいのが、コメディの中でも一段と細分化された“スタンダップ・コメディ”というスタイルだ。日本では「漫談」などと訳されたりもするが、基本的にはマイクの前で、観客ありきで「しゃべり」のパフォーマンスを繰り広げるものを指すという。過去には名作『 キング・オブ・コメディ』(82)で人気司会者を誘拐する新人コメディアンが描かれたり、また『 パンチライン』(88)ではナイトクラブで切磋琢磨しあうスタンダップ・コメディアンたちの群像が描かれたりもしてきた。


 その点、『ビッグ・シック』ではこのスタイルを活用することで、パキスタン出身の主人公がその身に抱えた文化、宗教、恋愛、家族、政治、社会などに関する複雑な想いを、笑いへと昇華させながら率直に吐き出すことのできる状況を作り上げている。通常の映画であれば彼のバックグラウンドを逐一説明するのは至難の技だが、しかし本作ではステージ上でネタとして語らせることで様々な要素を一挙に盛り込むことが可能となる。その意味で本作は、スタンダップ・コメディを題材として描くうちに、いつしか作品そのものがスタンダップ・コメディの精神を見事に体現する存在へと化してしまったかのようだ。




 ここで注目したいのが本作のプロデューサーを務めるジャド・アパトーである。実はクメイル・ナンジアニのみならず、アパトーもまたスタンダップ・コメディアンを経由してこの映画業界へと入ってきた過去を持つ。ではその『 40歳の童貞男』や『 無ケーカク男の命中男/ノックトアップ』の監督としても知られる彼が、かつてスタンダップ・コメディという題材、切磋琢磨しあう仲間たち、病や死という要素を織り交ぜて描いた監督作をご存知だろうか。それが09年の『 素敵な人生の終わり方』だ。


 本作ではアダム・サンドラーが不治の病を宣告された天才的なコメディアンに扮し、スタンダップ・コメディで一旗上げたいと願う若者との間に師弟関係を築いていく――――このストーリーラインだけを目にすると、あのアパトーがついに賞を取りに動いたかのような本気度の高さを感じずにいられない。アパトー自身にとっても相当な意欲作だったようだが、しかしいざ蓋を開けてみると結果はボロボロ。クライマックスでは不治の病という重要な部分が消え去り、すべてのテーマを完全に放り出してしまったかのような顛末が待っているのだ。アダム・サンドラーの演技も散々酷評され、日本では未公開扱いとなる始末だった。


 おそらくアパトーの胸の内には、この時の悔いがずっと残っていたに違いない。それゆえ、クメイル・ナンジアニから『ビッグ・シック』のアイディアを聞かされた時には、さながらリベンジマッチの機会が巡ってきたかのように歓喜したはずだし、再度スタンダップ・コメディアンを描くのであれば決して同じ間違いを犯すまいと心にしかと決めたはず。実際彼は、製作総指揮を担うだけでなく、脚本のクメイル・ナンジアニ&エミリー・ゴードン夫婦の執筆に寄り添い、懇切丁寧に指導し、作品をあるべきクオリティへと高める師匠的な役回りを買って出たのである。今回、本作がコメディアンを描いた作品としてこれほど高い評価を獲得した裏側には、過去の失敗と経験を活かそうとするアパトー自身の戦いがあったのは明らかである。



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